[読書] こういう「先生らしさ」、悪くないかも。宮下聡「中学生になったら」

岩波ジュニア新書の宮下聡「中学生になったら」を読んだ。長年中学校で教えてきた著者が、自らの経験をもとに、中学生に(あるいはこれから中学生になる若い人に)向かって、中学校とはどんなところか、どのように中学生時代を過ごせばいいか親身になってアドバイスする本だ。

目次

途中まではやや退屈も…

この本、途中の章までは中学校の一日の生活やそれぞれの科目の勉強法などが書いてあるのだけど、そこは少々退屈だった。生徒としても教員としても公立校の経験がない僕は、「公立校だとこんな感じなのかなあ」という興味で読み進めるくらい。助言もいかにも「先生らしい」分別にあふれたもので、穏やかな人柄はうかがえるものの、正直なところ、なかなかページが先に進まなかったものだ。

生徒を「大人扱い」する先生

その印象が変わってきたのはだいぶ後半に入ってから。まず印象的だったのは、ユネスコの学習権の話をしているところ。これが深い権利の宣言だった。

学習権とは、
読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発揮させる権利である

ユネスコ学習権宣言

筆者はこのユネスコの学習権の話をしたあとで、学ぶということが社会の主人公になる準備であり、同時に「今」を楽しく生きるための手段であると最高ですねとも語りかける。闇雲に「勉強しなさい」と言うでもなく、「勉強するとこんな利益がある」ことを強調するでもなく、ユネスコの学習権を持ち出してくるところにこの人の教師としてのスタンスを見る思いがした。生徒を子供扱いするというより、一人の人間としてその権利を尊重している感じがした。

同様に、「進路を拓く、人生をデザインする」という章もじっくり読んでしまった。ここで筆者は、人間が実際に一人暮らしをするのにどのくらいのお金がかかるのか、家賃や日々の生活費から具体的に考える。そして、働くということ、進学するということの意味や、進学にまつわるリアルな家庭の事情まで考えることをうながしていく。ここにも、生徒を子供扱いせず、「一人前の人間として扱う」というこの著者の立ち位置が表れている。

「子どもの権利条約」がベース

こういう著者の姿勢はどこに根ざすのだろう。それは終章で明かされる「子どもの権利条約」だ。

ユニセフ・子どもの権利条約について

http://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_rig.html

筆者が言及している第3条の子どもの最善の利益、第12条の子どもの意見表明権、第29条の教育の目的を引用しよう。

児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。(第3条)

締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。(第12条)

締約国は、児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する。
(a)児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること。
(b)人権及び基本的自由並びに国際連合憲章にうたう原則の尊重を育成すること。
(c)児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。
(d)すべての人民の間の、種族的、国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童に準備させること。
自然環境の尊重を育成すること。(第29条)

あなたはどう思っただろうか。僕はこの条文が、子どもの自由と権利、将来あるべき自由な社会像にも言及されている、素晴らしい条文だと思う。日本も締約国の一員なのだけど、実際のところ本気で実現が目指されているとは思いにくい。でもこの著者の、温和におせっかいを焼きつつも生徒を自立した一人の人間として尊重しようとする姿勢の根っこには、この「子どもの権利条約」があることを確かに感じる。

温和で、生徒を尊重して、ちょっとおせっかい。いかにも「先生らしい」。でも、こういう先生らしさって悪くないな。読み終える時には自然とそう思えてしまう一冊だった。

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