「お父さん、これ読んでみて!死ぬまでに読まないと絶対に後悔するから!」あすこま家の小5娘がそう言って強力に推薦してきたのがマイケル・モーパーゴの『月にハミング』。読んでみたら、モーパーゴらしい、とても美しい「再生」の物語だった。
戦争を生きる人々を描く作家、マイケル・モーパーゴ
マイケル・モーパーゴはイギリスを代表する児童文学作家の一人。とはいえ、『メアリー・ポピンズ』のトラヴァース、『マチルダ』や『チャーリーとチョコレート工場』のロアルド・ダール、『くまのプーさん』のミルン、『ピーター・ラビット』シリーズのベアトリクス・ポターなどの超有名作家に比べると、日本での知名度はいまいちかもしれない(今、日本語版Wikipediaにも項目がなくてびっくりしたところ!)。
でも、おそらく『ハリー・ポッター』のローリングと並んで、現代イギリス最高の児童文学作家の一人である。第一次世界大戦を始め、戦争で生きる人々の喪失や再生、希望をしみじみとした筆致で描くことが多い作家で、代表作はおそらく映画化もされた『戦火の馬』。個人的には、パレスチナの紛争の中での希望を描いた『カイト』(これは映画化希望!)、孤島に漂流した少年とそこで生きていた元日本兵の交流を描く『ケンスケの王国』、モーツァルトを決して弾かないことで有名なヴァイオリニストの父の、アウシュヴィッツ強制収容所での過去を描いた『モーツァルトはおことわり』などが好き。
シリー諸島に流れ着いた少女ルーシーの秘密
『月にハミング』(Listen to the Moon)はモーパーゴの2014年の作品。舞台は第一次世界大戦期で、人魚伝説が残っていたイギリス・シリー諸島だ。シリー諸島で暮らす漁師のウィートクロフト家の少年アルフィーは、ある日、父のジムと一緒に漁に出た先のセント・ヘレンズ島の洞窟で、衰弱しきった一人の少女を救出する。ウィートクロフト家の介護で回復する少女だが、名前がルーシーらしいということ以外、一切をしゃべらない。持っていたのはテディベアと、ドイツ語が書かれた毛布のみ….。
ちょっとネタバレになるけれど、物語はこの少女ルーシーの秘密を巡って展開する。彼女は誰なのか。なぜこんな島の洞窟で発見されたのか。なぜ話せないのか。イギリス人なのかドイツ人なのか…。ウィートクロフト家の、とりわけアルフィーやアルフィーの母メアリーのおかげて徐々に心を開いていき、やがてアルフィーとともに学校にも通い始めるルーシーだが、依然として言葉を語ることはない。そんな中、悪意に満ちた噂が彼らを取り囲んでいく…。
漂流するピアノの上で月に向かって歌う少女
この作品も、モーパーゴが得意とする、戦争を背景にした人々の交流・再生・希望のドラマである。第一次世界大戦の最中にドイツ軍の魚雷で客船が沈没した「ルシタニア号事件」が、少女ルーシーの物語に関わってくるのだ。
魚雷攻撃を受けたルシタニア号の乗客たちが逃げ惑う様子は、読んでいて痛々しい。「死にたくない!」「頼む!置いていかないでくれ…」沈没する船の中で我先にとパニックになる大人たち。「子どもは生きなくてはいけないの。生きてちょうだい、お母さまのために、わたしのために」と言い残して去る老婦人。届くはずのない家族への最後の言葉を残して沈んでいく青年。そういう息をのむ場面の連続の中で、海洋に漂うピアノの上に乗り、父の記憶を頼りに月に向かって歌をハミングする少女の姿があった。その家族への祈りと希望が、物語の後半部分で再生していく。
ともあれ、読後感も良いし、美しいし、娘が「死ぬまでに読まないと本当に後悔する!」と力説するのもわかる作品。モーパーゴ読んだことないという人も、ぜひどうぞ。