[読書] 好きなものの「価値」の伝えかた。川崎昌平「はじめての批評」

本でも映画でも音楽でもいい、自分が何か他のものに出会って感じた心の揺れを、文章にして伝えたい。でも、技術も勇気もなくておずおずと足踏みしている。本書は、そういう書きたい人に送られた「批評の書き方入門」である。具体的な書き方をレクチャーするというよりは、書き手の「姿勢」に重点が置かれているのが、この本の特徴だ。

批評とは「価値を伝えて変化を生む」文章

僕はこの本が好き。まず、「批評」の定義が良い。筆者の川崎昌平さんは、批評を「価値を伝える文章」そして、「人の価値を変化させるための文章」だとする。書き手と、批評の対象に対する愛のある定義だと思う。

そして、筆者は批評を書く書き手に向かって、生身の人間としての自分と読者を大切にするようにと、形をかえて何度も伝えている。「私たち」ではなく「私」の見える文章を書こう。不特定多数の読者ではなく、特定の読者をイメージして書こう。平易な言葉に頼らず、自分の言葉を丁寧に探そう、などの呼びかけがそれだ。僕もそうだけど、書き手はつい不安になり、「私たち」の言葉の陰に隠れ、勝手に想定した不特定多数の「読者」に向けて書こうとする。けれど、それではつまらない。他ならぬ「私」がこの文章を書く意味がなくなってしまう。だから、筆者はまず不安な「私」に、書き手としての芯を通そうとしているのだと思う。

書くことの奥深さを教えてくれる

もう一つ面白いのが、文中でしばしば「矛盾?」とも思えるアドバイスがあること。「私」を大切にしつつも、自分の感情を抑え、私を前面に出さないこと。対象にするものやその歴史についてリサーチしつつも、調べすぎないこと。YESを伝えるためにはNOを強調し、NOを伝えるためにはYESと静かにほほえむべきこと。このへんの微妙な問題は、おそらくどちらも正しいのだと思う。書き手は、様々な要素のバランスをとりながら試行錯誤しないといけない。そういう、書くことの複雑さや奥深さも教えてくれる。

もちろん、この本にはこういう「心構え」だけでなく、日本語の具体的なテクニックもある。「こと」「的」という、つい使ってしまう表現、語彙を豊かにするための「面白い」や「つまらない」の禁止など、僕も意識しないといけないコツがたくさんだ…。

それでも、僕はこの本の良さは、こういう知識ではなく、前半の心構え編だといいたい。前半からは、1人の書き手である筆者の姿が明瞭に浮かび上がってくるからである。ここに、様々な矛盾を抱えた「書く」という行為に向き合っている1人の書き手がいる。そのことが、書こうとしている読者を何よりも励ますと思うから。

一人の批評家が、書こうとする一人の読者を励ます本

著者の川崎昌平は、アートと社会の接合をテーマに活動を続ける作家・編集者。日頃、アートの価値を文章にして伝える経験をたくさん積んでいるのだと思う。自分の経験から生み出された一人の批評家の肉声が感じられて、それが魅力になっている一冊だ。彼は最後の章で「よりよい文章を書くための、何より重要な姿勢」として「書き続けること」と述べる。

書こうとする人の背中を押すのは、書き方の「型」の提示などではなくて、具体的な一個の人間が、具体的な一人の読者と向き合う時の、このような励ましだ。少なくとも、僕はこの本に励まされた。良い本だと思う。好きな本だ。

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2 件のコメント

  • あすこまさんの推薦される本はなるべく読もうと図書館で借りたりしています。この本も読んでみたいと書名をさっきメモしました。
    あすこまさんのすばらしいところは教師として授業を工夫していることのほかに、ご自分でも豊かな読書生活を続け、それをこうして書いて、かつ発信されているところだと思います。
    生徒さんのロールモデルにもなるし、ご自分の成長にも寄与するし、社会的にも貢献されて、三方よしという感じで理想的だと思います。楽しみながらお続けください。

    • ありがとうございます!今はリーディング・ワークショップ期間中ですので、特に(笑)