[読書]人の弱さや狡猾さを丁寧に描く。額賀澪『ヒトリコ』

小学校5年生の時にクラスで飼育していた金魚を殺したという疑惑でいじめの対象となった主人公の深作日都子(ヒトリコ)。それ以降、クラスの人々からかたくなに心を閉ざして生きていく彼女を中心に、周囲の人々の様子を描く。小学館文庫小説賞受賞作品。

この作品に出てくる少年少女たちの多くは、皆それぞれにずるいところやかたくななところがあるのが良いなあと思う。例えば、キーパーソンの一人である、日都子と幼稚園時代から仲良しだった嘉穂。彼女は、日都子が金魚を殺したのではという疑惑を担任の先生が抱いたとき、先生に迎合してまっさきに彼女を窮地に追いやる張本人になり、それ以降日都子との関係が断絶する。でも、彼女にも好きな男子がいて、祖母の作ってくれたお弁当にまつわる心温まるようなエピソードもある。クラスの合唱委員にもなって頑張っているところもある。終盤、そんな嘉穂が日都子に嫉妬して、

どうしてあんたは、ヒトリコなのに独りぼっちじゃないんだ。哀れじゃないんだ。可哀想じゃないんだ。あの子は可哀想ね、独りぼっちね、寂しそうね。そんなふうに嘲って、哀れんで、優越感に浸らせてくれたらいいんだ。何故、あんたはそうならないんだ。

とまで思ってしまう独白は、引用すると言葉の毒が強烈だけど、実際に強烈なのは、嘉穂の抱くやり場のない辛さ、みじめさなのだ。嘉穂は決して単純な悪役ではない。

単純な悪い人も、単純な良い人もいない。誰もが持っている狡猾さや弱さが丁寧に描かれている作品だと思う。どの人も自分のためなら人を犠牲にできてしまう。でもふだんはそれを上手に隠し持って生きている。そういうものだ。でも、たまたま小学校高学年から中学生という時期には、人間の持つ残酷な一面が、もろく表出しやすいのだろう。それで、何かのきっかけで日常のパワーバランスが崩れてしまう。そんな世界を描いたこの本では、新書の「友だち地獄」や「スクールカースト」で読んだような、10代の人間関係の息苦しさが全編を通じて覆っている。

でも、こうした息苦しさは、ごまかす技術に長けただけで、誰もが持っているものなのだ。その意味で、10代特有の世界を描いたわけではない。僕たちが生きているのも、こういう世界なのだと思う。なかなか良い作品だった。この著者のほかの作品にも手を伸ばしてもよいかもしれない。

ちょっとだけネタバレになるけれど、ひとつだけ。この物語は、ヒトリコが昨日までの自分に決別するという、希望を持たせるような終わり方をしている。けれど、僕にはそれが本当に希望なのかどうか、よくわからない。ヒトリコが、ヒトリコが最後までヒトリコのままでいるほうが、救われる読者もいたのではないかと思ってしまう。

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