[読書]気づけば山の本ばかり。単独行をめぐっての2023年7月の読書。

2023年6月の読書まとめには、こんなことを書いていた。

今月の読書はおおむねこの辺まで。気がつくと山の本を一冊も読みきれなかったのがちょっと寂しい。7月はもう少し読めていますように…。

これを覚えていたわけじゃないけど、7月は、すでにエントリを書いた速水敏彦『内発的動機づけと自律的動機づけ』を除くと、なんと山の本しか読んでない月だった(笑)こんなんでいいのかなあと思うけど、まあいいでしょう。 

[読書]「内発的動機づけ」の神聖視を超えて。速水敏彦『内発的動機づけと自律的動機づけ』

2023.07.17

目次

伝説的登山家を描いた『孤高の人』

登山と読書や文筆は相性が良く、登山趣味を持つ文人も多ければ、山行についての紀行文・エッセイも多い。山では遅くとも午後3時頃までには行動を終えて一箇所にとどまる必要があり、お陰で、読書や物思いに耽る時間が多いせいかもしれない。

ただ、僕は山や山小屋エッセイを読むのが好きで、山岳小説はあまり手を出してこなかった。それが、7月に夫婦で高見石小屋に泊まった際に、まとまった時間ができそうだったので、ついに分厚い山岳小説に手を出してしまった。新田次郎『孤高の人』。大正から昭和にかけて活躍した実在の登山家・加藤文太郎氏をモデルにした山岳小説である。加藤は、パーティーを組んで集団で登山をするのが常識だった当時の登山界において、タブー視された単独行(一人での登山)を敢行し、冬山の北アルプス縦走など次々に常識を覆して驚異的な記録を打ち立てていった伝説的登山家だ。

『孤高の人』では、彼の学生時代から始まって、驚異的な脚力で「単独行」を繰り返していく文太郎が、最後に、彼に憧れる後輩の頼みを受け入れる形で、自分のスタイルではないパーティー登山を決行し、遭難死してしまうまでが描かれている。臨場感ある登山の場面だけでなく、学生時代や会社での人間模様も織り交ぜながら、上下合わせて1000ページ近い大作を一気に読ませてしまう人間ドラマはさすがの一言。こちらも史実通りの結末がわかって読んでいるのだが、それでも、最後の場面で、後輩の死を看取ってから再び単独行で歩き出す文太郎の姿が勇ましい。

もう一つの加藤文太郎伝『単独行者』

その新田次郎『孤高の人』を読んでから読むと面白いのが谷甲州『単独行者(アラインゲンガー) 新・加藤文太郎伝』である。こちらも500ページを超える大作で、僕のフィリピン学会発表のおともはこれだった。行き帰りの飛行機の時間がないと、読みきれなかったと思う。

こちらの加藤文太郎伝は、先行する『孤高の人』をもちろん意識しているのだろうが、加藤文太郎という人物の描き方が違っていて面白い。全然「孤高」じゃないのだ。もちろん脚力は驚異的なのだが、最初から他の人とパーティーを組みたがっていたり、自分のコミュニケーションの下手さに苦しんでいたりという印象が強い。死亡時にパーティーを組んでいた吉田(新田版では宮村という名前)の方が岩登りやスキーの技術に関しては遥かに上だったというのも興味深い。家族のことや職場の人間関係については全くに近いほど記載がなく、総じて、新田次郎『孤高の人』に比べてドラマチックではないのだが、逆にいうと、新田版は相当ドラマチックに脚色したのかな、という気もしてくる。

文太郎本人の紀行文『新編・単独行』

という2つの小説の大作を経て読んだのが加藤文太郎本人が書いた加藤文太郎『新編・単独行』。当時は山岳会が発行する文集に登山記録や紀行文を寄せるのが習慣だった時代。加藤自身も自分の山行について紀行文を残しており、それらをまとめたのがヤマケイ文庫のこの本である。

やはり加藤文太郎自身の文章は興味深い。特に、彼の人生の中での一大事件である剱沢小屋雪崩事故をめぐるエッセイでは、自分がなぜパーティーへの同行を断られたのかという点への考察もあり、登坂技術も未熟で人間関係を作ることが下手な文太郎の姿が浮かぶ。

剱沢小屋雪崩事故とは、東京帝国大学の学生が泊まった冬の剱沢小屋が、小屋ごと雪崩に巻き込まれて全員死亡した遭難事故。加藤はこの現場に居合わせたのだが、学生たちに同行を拒否されて一人で下山した結果、幸運にも雪崩事故に遭わずに済んだ。

加藤本人の文章を読むと、谷甲州『単独行者』が(こちらも小説とはいえ)史実に近いのかな、という気がしてくる。彼は驚異的な脚力を持つ一方で、岩登りの技術がなく、パーティー登山には必須のコミュニケーションが下手で、そのため一人で登る機会が多かったようだ。でも、パーティー登山をしないわけでもなかったらしい。逆にいうと、そんな加藤文太郎を、「孤高の単独行者であり、後輩の頼みでやむなくパーティー登山を組んだ時に遭難死した」加藤文太郎像に書き換えた新田次郎の筆力もすごい。というわけで、伝説的登山家をめぐる「テーマ読書」的な7月の読書、冊数は少ないものの、一冊一冊に読み応えがあって、満足のいくものだった。

自分も「単独行」が好きなので…

さて、加藤文太郎とはスケールも何もかも違うが、自分も「単独行」が好きだ。もともと山に行くようになったきっかけが、「コロナでずっと教室で子供たちと一緒なのが耐えられなかった」というものなので、たまには誰かと一緒になるのもいいが、基本的には、一人になるために山にいく。

ただ、何かあった時に助けてくれる人がいない単独行は、パーティー登山と比べて遭難の確率が跳ね上がるのも事実である。

今月はこんな本も読んだのだけど、正直、知識も技術も体力もまだまだ不十分な状態で山に登っていることを自覚する。地図の読み方、応急処置の仕方、何か起きた時のビバーク(緊急避難)の技術。いくら日帰りを基本にしたゆるい山歩きとは言っても、山は山。先日登った甲武信ケ岳でも危うくルートを間違えて戻ったことがあったし、ご近所の低山だからこそ、踏み跡がはっきりしてなくて道迷いする危険だってあるのだ。もうちょっと勉強して色々と身につけたい日々。

気づけば、山の本ばかりの7月の読書。少しずつ経験を積みながら、趣味をゆるりと楽しんでいきましょう。

 

 

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