ある方から(正確にはその人の知人から)、小学校の「作家の時間」のミニレッスンを探すのにおすすめの本はありませんか?とのお問い合わせをうけた。世の中に文章術の本はたくさんあれど、その多くは中高生以上向けであり、小学生に…というにはやや難しい。色々と考えた挙げ句、一冊だけあげるならこれ、と思うのがこの本、大内善一『修辞的思考を陶冶する教材開発』である。久しぶりに読みかえして、やはり良い本だったので、ここにも書くことにする。
目次
レトリックの実例を国語教科書で示す小事典
この本は、文学的文章や説明的文章に用いられるレトリック(修辞:文章の表現技法)を分類し、小学校と中学校の国語教科書から豊富な実例を引用してきたものだ。その文例の多くは小学校国語教科書から採録されたものであり、さながら「小学校国語教科書で学べるレトリック小事典」といえる。たとえば、「語り」の項目では、「ごんぎつね」「やまなし」「手ぶくろをかいに」などの定番教材が並び、「描写」でも「大造じいさんとがん」「やまなし」などが並ぶ。他にも「直喩」では「スイミー」、「擬人法」や「倒置法」では「川とノリオ」、「指示語」では「白いぼうし」など、多くの教科書教材がレトリック順に配列されている。
教科書教材の中の豊かな「宝」を掘り起こす
もともとは読解教材として編まれたこの本だが、もちろん、作家の時間のミニレッスンづくりにも大きい効果を発揮する。つまり、「作家の時間でこのミニレッスンをしたければ、この教科書教材を使うと良い」という観点で、国語教科書を再利用できるからだ。そもそも、国語教科書に収録された文章は、ミニレッスンの宝庫である。にもかかわらず、たった1つや2つの指導事項をさらっとやっただけで「この教材は学び終えた」とするのは、とてももったいない。本来「白いぼうし」だって「ごんぎつね」だって「スイミー」だって、そこから多くの知見を導ける豊かな可能性を秘めた教材なのだ。ただ、そうした宝を見つけるには、こちらに宝を探す力量がないといけない。大学や大学院でテクストを読む訓練を重ねた文学畑出身の国語教師であればともかく、一般の小学校の先生にそれを求めるのはやや酷である。
そこで、この本の出番というわけだ。この本をざっと一読すれば「文章表現にはこんなにたくさんの技があるのか」とまず驚くし、「この技をミニレッスンで教えるなら、この教材を使うといいな」ということもわかる。そして何より良いのは、この本の視点で普段使っている国語教科書を読み直すと、目の前の教科書教材がミニレッスンの宝庫に見えてくる点だ。この本は、ミニレッスンのネタ=宝物を探すための自分の目を育ててくれる本なのである。
自分の場合は…理想のミニレッスンは…
実際、僕はこの本の影響を受けて、風越で使っている教育出版の小中国語教科書の全教材をレトリックという観点で見直して、どの教材でどのレトリックが教えられるかを一覧にしたスプレッドシートを作った。この準備をしておくと、子どもたちにこれを教えると良いタイミングですぐに教材にアクセスできるのが、とても良い。ミニレッスンを考える時には、このスプレッドシートを見て考えることも多い。
とはいえ、個人的には、理想的なミニレッスンとは、こちらが教えるべき作家の技を全て用意するのではなく、子どもたちとメンターテキストを読む中で「発見」し、「名付ける」ものなのだと思う。ちょうどアトウェルが子どもの作文から「一粒の小石の法則」を名付けたように(『イン・ザ・ミドル』を参照)。
そうやって、書き手である僕たちのやりとりの中で発見された作家の技は、教室の中で物語化され、個々の子どもの中に息づく。そういうミニレッスンには、どんな上手な教え方だってかなわない。僕はそこには全然チャレンジできていないが、そろそろ向かっていかなきゃという気持ちもある。でも、それにしたって、自分がそうした技=レトリックを見抜く目を持っていないと、話にならない。そのための一冊が、この本なのだ。
「作家の時間」のミニレッスンづくりに困る先生方に
「作家の時間」のミニレッスンづくりで困っている先生は、おそらく、『増補版作家の時間』での「最初の10時間のミニレッスン例」をやりおえて(これはこれでありがたい本だ)、その先に困っている方や、何度かサイクルをまわしてミニレッスンのネタがつきてしまった先生が多いはずだ。そういう先生は、ぜひこの本で具体的な技を見つけてほしい。また、「作家の時間」を教科書での授業と並行してやっている先生であれば、教科書を使った国語の授業と「作家の時間」を、より一層関連づけることもできるはずである。
国語教育の大御所の先生らしく?、「修辞的思考を陶冶する」というタイトルは、ややいかめしい印象を与える。でも、「作家の時間」のミニレッスンを充実させたい先生には、とてもフレンドリーな一冊だ。小学生にどこまでミニレッスンを教えるべきかという別の問題もあるが、作家の時間のミニレッスンづくりに関心があるなら持っておくべき本である。やや残念なのは、2018年刊のため、教材がそろそろ古くなっていることだ(「わらぐつの中の神さま」などがある)。1947年生まれとご高齢の著者ではあるが、今後、現行国語教科書にあわせた改訂があるとうれしい。