今の子供たちの生活に根ざした漢字学力ってなんだろう? 公開講座「今、漢字教育について問うべきことを探る」

先週(10/16-17)は全国大学国語教育学会だった。研究部門委員として裏方仕事に関わったのは、10/16の公開講座と10/17の課題研究。正直、週末にも仕事が終わらずその2つ以外はほぼ学会を楽しむことができなかったのだけど、せめてこの2つについては少しでも記録をとって、あとに残しておきたい。今日はそのうち公開講座の「今、漢字教育について問うべきことを探る」についてのエントリを書こう。

目次

漢字学習をめぐるさまざまな問い

漢字教育は、その内容や目的(何を、何のために学ぶか)よりも方法(どのように学ぶか)が問われやすい分野だ。実際、僕も日々の漢字教育の悩みの多くはこの「方法」にあたる。でも、今回の公開講座では、話題提供者のレクチャーとそれにひきつづく参加者のワークショップで、こうした方法論を超える「問い」が多く出されたのが面白かった。僕の問題意識にひっかかったものをあげただけでも、ざっとこれくらいある。

漢字学習の内容や目的をめぐる問い

  • PCやスマートフォンが発達して、手書きで漢字を書かない人が3割になる(平成26年度「国語に関する世論調査」)環境下で、漢字を「手書きで書ける」ことはどの程度漢字の学力として重視されるか?
  • 実際の入試問題では、漢字の読み取りと書き取りに評価が偏りすぎていないか?
  • たとえば音符をもとに未知の漢字の音読みを類推することを漢字の学力として評価できるか?
  • 時と場合に応じて漢字を「使わない」判断をすることを漢字学力として評価できるか?
  • 筆順に正解がないことを認めたうえで、では筆順に関する学力には何があるのか?

漢字学習の方法論をめぐる問い

  • 漢字習得における手書き(空書き)の効果と、形態素(偏旁冠脚)を活用した学習の効果をどう組み合わせるか?
  • 漢字の読み学習においてルビをどのように活用するか?
  • 漢字学習の「宣言的知識」をどのように「手続き的知識」(実際の漢字習得や漢字活用の運用に関わる知識)に結びつけるか?

漢字をとりまく社会状況をめぐる問い

  • 印刷書体と手書き書体の関係をどのように考えるか?
  • 漢字文化圏の中の日本として捉えたときに漢字学習にどのような国際的意義があるか?

漢字の学力とは何か?

これらの話題の中でも、特に「何を以て漢字の学力とするか」という問いは興味深かった。たしかに現行の高校入試などでの漢字評価は読み取りと書き取りに偏っていて、相手に応じて漢字を易しくしたり使わなかったり、あるいは形態素から漢字の読みを類推したりするような、漢字運用能力を問うことはない。こうした中で、漢字の学習能力といえば「読み取り」「書き取り」のイメージができあがっているが、実際にはそんなことはないのだ。視野を広く持とう。

漢字学習の方法論も気になる…

とはいえ、こうやって視野を広げたとしても、高校入試が「読み取り」「書き取り」偏重である以上は、子どもの学力に責任を持つ立場の現場の僕の意識も、結局のところ「どう書字を身につけるか」という狭い方法論に収斂してしまうのが残念なところだ。でも実際にこれは気になる。風越の子はPCを使って書く機会が多いこともあり、漢字の書字学習へのモチベーションは高くない。そんな中で、漢字の書字能力を高める方法論を、ぼくも模索しているところ。

漢字学習方法論の基本はリハーサル方略と体制化方略の組み合わせであることは、ずいぶん前に調べた。

どう効率的に覚えるか?漢字学習を模索中...

2019.12.11

例えば今の僕は、土居正博先生のこの本の影響で、音読テストから書き取りテストへ進むやり方をとっている。

特徴があるとすれば、小テストを一斉にではなく個別に1対1でやっていることだ。これは手間はかかるのだが、それによって個別に音符について教えたり、学習方略の話をしたり、その子の苦手な漢字の把握をしようとしているからだ。いまは各自が小テストをクリアする段階なのだけど、まとめテストでは、土居さんのご著書の通り、指定された語以外でも書けたら加点する「熟語テスト」にしていくつもり。漢字学習のゴールは書字学習ではなく語彙学習だ、という基本方針には、僕も深く賛成している。

一方で、個人的に気に入っていたこちらの「漢字が楽しくなる本」シリーズ、実際にはほとんど活用できていない。日頃の漢字ドリルに流されてしまい、それ以上の時間を割けなくなっている現状だ。うーむ、この本こそ体制化方略で漢字を覚えるのに最適な本だし、好きな本だから単発でも使いたいなあ…。

漢字学習を一歩引いて見る

小学校で教えるようになって実感したのだが、小学校ではかなり漢字学習の比重が大きい。成果が目に見えやすいこともあるのか、保護者の漢字学習に対する意識も高いと感じる。それで、僕らの意識もつい「どう習得させるか」という方法論に限定されて、「そもそも」を問いにくくなっている。

そんな中で今回の公開講座は、漢字学習について一歩離れて見るための良い機会を提供してもらえた。単に漢字テストで漢字を再生筆記できるだけでなく、今の時代の子どもたちの生活に根ざした、活きた漢字の学力ってなんだろうか。たくさん読めること、書字だけでなく語彙として身につけること、これまでの知識を使って新しい漢字を類推できること。場や相手に応じて漢字使用を使い分けること。色々な「漢字学力」が思い当たる。日々の漢字テストに追われるだけでなく、こういう視点で、自分の漢字指導についてもう一度見直してみたい。

 

10/27追記

今回の公開講座に関連して、同じ大会で冨安さんが発表された自由研究発表「漢字に関する学習内容についての研究」も興味深かった。小学校の教科書を分析した発表で、教科書ごとの傾向の違いや、教科書ではやはり手続き的知識(漢字の運用や学習の方法に関する知識)が学びにくいため、そこを教師がカバーする必要があることがよくわかる。自分が1対1漢字テストをやっているのもそのへんの動機が一つなのだけど、でも、そこまで漢字学習に手間をかける余裕がないのも事実。どうにかできないかな…。

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