「米教授研究 小・中学生の「宿題」成績向上に効果なし」と題された新聞記事の写真が、わりと定期的にfacebookでシェアされてきます。これ、宿題研究で著名なクーパーの研究を引用しているのですが、見るたびに、「いや、クーパーは『宿題は禁止に値する』なんてこと言わんだろ…」と思っていました。で、先日もある方がこの写真をシェアしていて、それに賛同するコメントがついていたので、我慢ならずちょっと触れておきます。
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クーパーはなんと言っているか?
僕はいま英語圏の論文を自由に調べられる機関に属していないので、クーパーが実際にどの論文でこの発言を「言っていない」のかは調べられません。そもそも、言っていないことの証明は超大変ですし…。しかし、クーパーの研究に基づくデューク大学の下記記事を読み、そこでのクーパー自身の動画を見る限り、クーパーが「宿題は禁止に値する」なんて言うことは到底考えられません。
DUKE STUDY: HOMEWORK HELPS STUDENTS SUCCEED IN SCHOOL, AS LONG AS THERE ISN’T TOO MUCH(デューク大学の研究:宿題は生徒が学校で成功するのを助ける。ただし、多すぎなければ)
上記サイトの動画で、クーパーは次のように語っています。宿題の結果に過大な期待をすべきでないこと、多すぎる宿題は良くないことを踏まえつつも、宿題は学業成績に良い影響を与え、子どもに家でも学習すべきことを学ばせると。また、親にとっては、教育の重要性や子どもを理解する機会にもなり、教師と親のポジティブな絆を作る機会にもなると。
また、上記サイトの記事でも、宿題は成績にプラスという結論がまず書かれています。それ以降も、原文なりDeep L翻訳なりで読んでもらえれば、最初に引用された写真の記事とはかなりニュアンスが異なる内容であることがわかるはずです。
さらに、ハッティ『教育の効果』は宿題についてクーパーのメタ分析を踏まえていますが、そこでも「多すぎる宿題や発達段階を考慮しない宿題は効果が低い」とされつつも、宿題と成績の相関自体は認められています。それについては下記エントリをお読みください。
というわけで、クーパーが「宿題は禁止に値する」と言うことは、極めて考えにくい。個人的にはこの記事の信憑性は極めて低いと思っています。いったい、どこの誰がこの記事を書いているのか…。と思ったら、2年前にすでにこんなブログ記事が書かれていることを、ツイッターで教えてもらいました。
小中学生の「宿題」は成績向上に効果無しのデマ記事に見る英語教育の重要度
このブログもこの記事を「デマ記事」と書いてますが、出典を「週刊事実報道」としています。以下は仮にこれが正しければ、の留保つきですが、「週刊事実報道」とは、どんなメディアなのか? こんなメディアです。
過去記事の見出しを見るだけでも…なんと言いますか…そんなサイトです…。
宿題禁止を主張したいなら別の論拠で
世の中には「宿題は良くない」と思っている人が一定数いるのでしょう。そういう人が冒頭の写真の記事に飛びつくんだと思います。「宿題は良くない」という考え自体はその人の信念なので別にどうでも良いのですが、「アクティブ・ラーニング」の重要性を主張する人の一部に科学を装いたくてラーニング・ピラミッドを引用する人がいたように、宿題禁止の「正当性」を欲しくてこの記事を引用するのは、あまりに筋が悪いのではないかと。
少なくとも、クーパーのメタ分析に従えば、これまでの宿題研究は成績向上に関する宿題の効果を認めています。ただし、低学年のうちや、量については気をつけて、ということですね。もし「とにかく宿題はダメ」と主張したい人は、クーパーを捻じ曲げて引用して科学的に効果がないように装うのではなく、「たとえ成績は向上しても、他の理由でそれはすべきではない」と言うべきでしょうね。
7/19追記:宿題禁止論に関する参考リンクあれこれ
このエントリをアップした後に、@Next49さんにこの話題に関する参考リンクを教えていただきました。いやあ、週刊事実報道が何を論拠にしたのかも含めて、勉強になります。いずれにせよ、宿題廃止派の皆さん、クーパーの説の都合のよい切り貼りはやめましょう。
宿題は禁止に値するのか(Island Life)
週刊事実報道の記事への反応。クーパーの元の研究では宿題の効果を認めている点に言及した上で、週刊事実報道が「宿題禁止」と書いた論拠がSalon.comの掲載記事Homework is wrecking our kids: The research is clear, let’s ban elementary homeworkにあるのではないかと考察しています。このSalon.comの記事がクーパーの研究を宿題廃止論に都合よく切り貼りしているということか…。
子どもに宿題をさせると悪影響しかないことが明らかに(GIGAZINE)
この記事も週刊事実報道とそっくりな論調です。で、お察しの通り根拠はSalon.comの記事ですね。繰り返しますが、クーパーの研究では宿題の効果を一定程度認めており、「宿題は禁止に値する」とは言っていません。
[レビュー021] 宿題の効果についてのメタ分析
静岡大学の亘理先生のブログ。クーパーのメタ分析の結果のアブストラクトを紹介した上で、今も宿題の効果の研究についてはクーパー頼みである現状にも触れています。宿題の学力成績への効果には小学校・中学校・高校の発達段階で大きな違いが出ることが改めて指摘されています。
覚えておきたい!宿題の「10分ルール」とは
こちらはクーパーらが提唱する「10分ルール」の内容を一般向けにわかりやすく紹介したもの。
Google 翻訳やDeepL翻訳が使える現在、週刊事実報道の「小・中学生の「宿題」成績向上に効果なし」や「宿題は禁止に値する」という見出しが嘘であることは、英語ができない人でも調べればわかります。それでも人は(しかもかなりアカデミックな人であっても)、自説に都合の良い記事は論拠を調べずにシェアしてしまうんだなあ…。自分もそんなことしてないかなと、我が身も省みてしまいました。