[読書]感情と結びついた知識を学ぶために。キエラン・イーガン『深い学びをつくる』

一口に「プロジェクト学習」と言っても色々な形態がある。その中で、キエラン・イーガンの「深く学ぶ」は、「テーマを子どもが選べない」「10年以上の長期間にわたってそのテーマに取り組まなければならない」という点で、他と一線を画している。とても興味深いプロジェクト学習だ。僕はこの本を、軽井沢風越学園のスタッフと一緒に読んだ。

目次

テーマを子どもが選べない!?

テーマを子どもが選べない、というのはどういうことだろう。「深く学ぶ」では、その子どもが12年間にわたって探究すべきテーマが、子どもの興味と無関係に教員から与えられるのだ。あなたは「りんご」、あなたは「車輪」あなたは「埃」というように。もし自分が子どもの立場だったら、これはかなり嫌じゃないだろうか。「あなたのテーマは埃です。これから12年間、ずっと埃について探究しなさい」というわけ。

僕も当初はここに懐疑的なスタンスだったのだけど、読み進めるにつれて、なぜ「与えられたテーマについて、長期間調べる」なのか、かなり納得がいってきた。これは、自分で選べないことがポイントなのだ。自分で選べない、強制的に与えられたテーマについて、戸惑いつつも自分なりの切り口を見つける。自由ではないが、不自由の中に自由がある。そして途中で飽きたり、ちょっと興味を深めたりしながら、12年もの長期間に当たって、未知の事柄についての付き合い方を学び、そして、自分には何の縁もゆかりもなかったトピックが、思いも寄らない深さをたたえていることを実感する。これは、そのための学びなのである。

自分の外側にある知識を、深く学ぶ

イーガンは、この本の中で深い知識を獲得することの重要性を強調している。一つの物事について深く学ぶ。それをしないと、どうなるのか。彼は次のように言う。

知識について本当に大雑把な感覚しかもっていない人々は、何事も深く知っていることはないので、自分の願い、必要や意見を、知識と簡単に混同する。(p183)

そして、深く学ぶべき知識は、「自分の好きなものについての知識」「自分が必要とする知識」ではない。自分の興味からは出発しない「自己の外側」にある知識なのだ。それを自分のものとしていくこと、それこそが、この「深い学び」の特徴である。彼は、「世界を単に自己と自己の必要という観点で見るのではなく、自己の外側にある何かに取り組むことを学ぶこと」「自分の外側にある何かの中に自分を失うこと」(p184)を、とても重視している。

全ての知識は人間的な知識である

もう一つ、イーガンがなんども主張しているのが、「全ての知識は人間的な知識である」ということ。彼は、知識をとても重視しており、しかもその知識は、無味乾燥な暗記のためのものではない。すべての知識は、誰かの個人的感情と結びついて生まれたものである。林檎であれば、どんな人がリンゴを栽培したのか、彼らの動機は何だったのか…。すべての知識には、その向こう側に人間がいる。そのことを実感するために、「深い学び」がある。イーガンは次のように語る。

すべての知識は誰かの希望、恐れ、情熱から生まれたものなので、もし(われわれが)生徒の関心を触発したいと望むならば、知識を最初に生み出した時の希望や恐れや情熱の文脈で、また、今日における生きた意味を与えるような文脈の中で、知識を示さなければならない。(p207)

「深く学ぶ」は知識を重視する。自分の関心の外にあった世界に向き合うことを強制する。しかしそれは、強制された暗記学習とも違う。子供たちは、自分なりの切り口でその知識に接近することを許されている。試験はなく、ポートフォリオの縛りもゆるいものだ。そういう中で、自分の外の知識に向き合い、自分の感情を通して知識を把握し、深い知の世界があることを知る。教養主義的でありながら、完全な強制ではない。自分で選べる範囲が大きい一方で、肝心のテーマは選べない。絶妙なバランスだな、と思う。

ちょっとした工夫で学校が変わる?

この本では、「深い学び」に対して寄せられる批判(これがなかなか手強い批判で驚く)と、その批判への応答や、付録の理論編として「深く学ぶ」の理論的基盤についても詳述されている。こうした記述が「深い学び」の理解をより深めてくれる。なお、勘違いしないように書いておくと、この「深い学び」は全ての授業をこのようにせよということは一切主張していない。これ以外は全くこれまで通りのままで、週に1時間、「深い学び」に取り組む時間を作ろうと提案するものだ。その意味で、「子どもと学校が変わるちょっとした工夫」というのは間違いではない。ぜひ読んでみてほしい。

僕のテーマは「通貨」

ちなみに、風越学園スタッフの間でも、この「深い学び」をやってみようという展開になって、くじで各自のテーマが決まりました。僕のテーマは「通貨」。さて、どうなるのでしょうか…?

この記事のシェアはこちらからどうぞ!