母校を退職するにあたって

本日2019年3月31日をもって、自分の母校でもあり長年の勤務校でもあった学校を退職します。生徒としても教員としても自分を育ててくれたこの学校には、感謝の言葉しかありません。


振り返ると、僕はもともと典型的な「でもしか教員」で、学生時代に教育に関心があったわけではありませんでした。自分の幸福な中高時代や、そこで見た先生方の姿に、「この学校の先生にならなってみたいな」と思ったのでしょう。そして、幸運にも実際に母校に職を得て、試行錯誤しながら、少しずつ、教員としての興味関心を育てていくことができました。

このブログの読者の方はご存知のように、僕の関心はライティング・ワークショップをはじめとしたナンシー・アトウェルの取り組みにあります。ライティング・ワークショップというよくわからない実践に出会い、国語教師なのに英語の本を読み始め、はっきりとした成果も見えないままに取り組み始めた僕の姿は、とても危なっかしいところもあったと思います。同じ国語科の先輩教員からは「あすこまさんがそういう風に育っていくとは、採用の時には想像もしていなかった」と言われたくらい(そりゃあそうでしょう)。

それでも、ストップをかけず、僕の好奇心のおもむくままに自由に授業をさせてくれた学校、そして僕の授業に好意的に、あるいは批判的に付き合ってくれた生徒たちには感謝の言葉しかありません。

やがて、自分が教員としてやりたいことがだんだん見えてきて、新年度(もう明日!)から新しい場所に移ることに決めました。母校に就職できたことも幸運ですが、こういう前向きな気持ちで母校を去る決心ができたことは、短い人生においてなおさら幸運なこと。それでも、退職が現実味を帯びるに従って去りがたい気持ちや感謝の気持ちが湧き上がって、勤務最終日の夜には、誰もいない校舎で、名残惜しくいつまでもだらだらと片付けをしながら、「母校をやめるってこういう気持ちなのか」と一人でしばらく佇んでいました。

自由で、寛容で、とても居心地の良い母校を離れて、明日から新しい職場で働きます。コンフォート・ゾーンからストレッチ・ゾーンへ。10年後、どんな景色が見えているかな。それを楽しみに、新年度からも頑張ってやっていこうと思います。

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