ライティング・ワークショップでラーメンエッセイを書いてみました。

ただいま成績処理ウィーク。期末試験終了から成績提出まで比較的時間の余裕があるありがたい勤務校ですが、生徒の作品を読み、コメントをつける日々です。そんな中、授業評価アンケートの集計もしているのだけど、ある生徒がそこにこんなことを書いてくれました。

先生自らが小説やエッセイを書いて、みんなに読ませ、意見をもらう行動は、みんなの中のハードル把握や羞恥心の緩和につながり、とても意味があるものだと思います!実際、それに救われた生徒が多いと思います。

ということで、今日は厚顔にも、自分がライティング・ワークショップの作品集に掲載する作品をアップします。

エッセイを書くのは難しい…

今回僕はエッセイと小説を一つずつ書いたののだけど、苦戦したのはエッセイでした。着目点の面白さや書き手の言葉の選択で読者を面白がらせたり、共感してもらったりするエッセイは、書き方がある程度パターン化できる論理的文章よりもずっと難しい、と痛感しました。

基本的には東海林さだお「午後二時のラーメン屋」のような、肩の力が抜けたグルメエッセイを書いてみたかった。あと、できれば料理を美味しそうに描写したかった。というわけで下記の本を参考にして、学校の近所にあるラーメン屋についてのエッセイを書いてみました。

このエッセイを書くために短期間に3回ラーメン屋に行ったんだけど(笑)、実際に書いてみると、東海林さだおさんのような「肩の力が抜けたユーモア」って本当に難しいなと。肩に力が入りまくっている気がします。まあ、上手い下手よりも、教師が書き手として教室に存在することが大事。今回も生徒と一緒に作品集に作品を載せられたので、良しとしましょう。では、僕の作品「スペシャルの正しい食べ方」をどうぞ。

「スペシャルの正しい食べ方」

 時として食べずにいられない味というものがある。
 「侍」のラーメンである。あの脂のぎとついたスープと、そのスープにからむ太麺を、午後2時過ぎに仕事がひと段落して掃除の時間までちょっとあるなと思うと、なぜだか無性に食べたくなるのだ。寒い中コートを着て、そそくさと校門を出る。

 侍の引き戸を開ける時には、一呼吸を置いて、中を見る必要がある。生徒はいない。扉を引くと、チリンチリンという音とともに、もわっと温まった不健康な空気がほおにあたり、不健康なスープの不健康な匂いが鼻をくすぐる。これこれ。ああ、また来てしまいましたよ。券売機で、久しぶりだしと言い訳しながらスペシャル950円を注文。

 正午前後は学生やサラリーマンでにぎわう店内も、平日午後2時を過ぎるとガランとしている。奥の方で冷凍の豚骨を叩いて割っていたお兄さんが、やおら後ろの麺箱から黄色い麺を取り出して、軽く揉んでから大きな寸胴鍋に入れる。あれがぼくの麺なのだろう。ちらちら見ながら、ラーメン茹でているところなんて気になりませんよと、本を読むポーズでアピール。時間がすぎるのを待つ。

 「はい、普通麺固め油少なめ、お待ち」。お兄さんがどんぶりを置いたのは、隣の、後から来た客のカウンターだった。麺固めだから出来上がりが早い。むむっと思うが気を取り直す。次こそ僕の麺が茹で上がるに違いない。

 辛抱が報われて、ラーメンがついにカウンターに置かれる。どんぶりを両手で押し戴く。温かい。ずっしりとした重さ。ただのラーメンにはない、全部のせのスペシャルな重さ。これがいい。

 久しぶりのご対面である。濁った茶色の醤油豚骨スープに、ぎとぎとした油の粒が浮かび、麺の上やネギのまわりでくるくると光を反射して輝く。レンゲをひたすと、その粒がレンゲの中にも流れてきて美しい。中央にほうれん草。手前に厚切りのチャーシュー3枚と丸ごとのタマゴ。そしてフチにはノリが合計6枚も。

 このノリがいい。ラーメンの湯気にも負けず柔らかくならない、隠れた剛の者だ。さぞ高級な出自であろう。そして、6枚あるこのノリをどうやって食べ分けるかに、その客の実力が問われていると言っても過言ではない。

 まずは1枚目を箸でつまみ、スープに全部ひたす。濃厚で粘り気のある醤油豚骨スープを、十分に吸い込んでから、ノリを一度に口に入れる。この味だ。濃厚で、かなり醤油が効いている。この味が口中に残っているうちに太麺をすする。やや黄味がかった太麺は、ツルツル、シコシコ、モチモチである。このツルツルシコシコモチモチ麺に、スープの油粒が絡み、ずるずると口の中に入って行く。ツルツルシコシコモチモチをズルズルすると、口が油でベトベトになるところへ、2枚目以降のノリを投入する。ノリは、まだ湯気に負けずパリッとしている。このパリッが口の中をリフレッシュする。ツルツル、シコシコ、モチモチ、ズルズル、ベトベト、パリッ。これが侍のラーメンを食べる正式な順番である。これに時折、3枚のチャーシューのトロッが入るが、あくまで試合の流れを組み立てているのは黒子のノリ。このパリッのもたらすリズムは、ノリが6枚もあるスペシャルでないと作り出せない、スペシャルなリズムなのだ。

 このリズムにやや飽きると、ノリには別の使い道もある。箸でスープにひたすのである。湯気に負けない剛の者もさすがにしおらしくなり、あきらめてスープと馴染む。人格が丸くなったノリの上にちょいと刻みネギやチャーシューのかけらを乗せて、そのまま麺をくるみ、ほおばると絶品のうまさ。スープで溶けゆくノリの下から伝わる、熱い麺のモチっとした食感。決して噛まずに、ラーメンのノリ巻きをチュルッと口で一度に喉の奥に吸い込むのが正しい食べ方である。

 チュルッチュルッとすすると、もはや入口のドアが開くチリンチリンは気にならない。生徒が来ようが同僚が来ようが関係ない。ただ目の前のラーメンに意識を集中する。

 ノリをちょうど使い切り、麺をすすり終えた後で、おもむろに箸で、最後に残った卵を割る。表面にプクリと亀裂が走り、中から半熟の黄身が出て輝き、一瞬膨らんだかと思うと、ラーメンスープと溶けて混じる。この黄身混じりのスープをすすり、白身のくぼみにスープを流し込んでくるりと飲み込んで、一杯のスペシャルラーメンを完食する。ああ、美味しゅうございました。

 どんぶりを置く。底に残る細かな油の粒粒。ネギのカケラ。くたびれたレンゲ。戦いを終えた僕は、コップの水を仰ぐ。この水がまたうまい。冷たい水流が、唇と喉の油のギトギトと、豚骨醤油の臭みを洗い流してくれる。不健康をチャラにする水。僕はこの一杯の水のためにラーメンを食べていたのではないか、そう思わせる味。

 ごちそうさまでした。店を出る。額に冬の風が当たり、前髪を揺らす。2時52分。急いで戻らなくては。しかし、お腹が重い。水でチャラにしたはずなのに、胸全体にラーメンスープが残っている。いやあ、もう若くない、もうあんなしつこいラーメンを食べられる歳ではないのだ。せめてなぜスペシャルではなくただのラーメンを頼まなかったのか。もう二度と来るべきではない。そんな後悔を楽しみながら、重いお腹をさすりさすり、僕は学校に戻るのだった。

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