プログラミング教育必修化が確定した日本の教育。そんな折、日本の大学の先生が、僕の住むエクセターの郊外にある公立小学校にプログラミング教育の授業視察にいらっしゃったので、僕も便乗して見学させてもらった。これが大変に印象的な小学校だったのでここに書いておきたい。(でもプログラミング教育の話は書かないよ)
この学校は、Broadclyst Community Primary School。生徒数はY1(1年生)からY6(6年生)まで合わせて450名ほど(他に併設の幼稚園に約50名)の規模の公立小学校だ。この学校、マイクロソフト社が出資しており、その取り組みが表彰されている先進的な学校で、教育設備や教育内容はちょっと尋常ではなかった。校内の写真などはアップロードしないので、興味のある方はウェブサイトをどうぞ。
目次
Broadclyst Community Primary School
お金持ちは羨ましい…な学校
まず驚いたのが、受付のビジター登録。タッチパネルで氏名を記録し、顔写真を撮られ、訪問する先の先生の名前を選択するという手続きをとる。これをすると、訪問先の先生のスマホに入力データが送信されるというから驚いた。ひゃー、こんな受付手続きは初めて。
この受付からも想像つくように、校舎が新しいとか、3年生以上は皆一人一台のサーフェスを持っている(2年生まではグループで一台。ちなみに幼稚園では操作が簡単なiPad)とか、校内の機器はリース契約で3年ごとに更新されるとか、生徒が映像作品を作るスタジオがあるとか、教員用のカフェがあるとか、教師のリフレクション用に360度ので教室が録画できてリモートコントロールできるカメラ(IrisのLive viewというらしい)があるとか、「金持ちは羨ましい…!」的な話はたくさんある。しかし、今回一番驚いたのは、見学したクラスで行われていた作文教育の授業内容と、それをICTがしっかりと支えていたことだった。今回はこの作文教育に絞って書こう。
作文の授業を見学できた!
午前中に案内された6年生の授業は、僕にとってラッキーなことに英語(国語)のライティングの授業。6年生の教室は横長のレクチャールームで、50人ほどの生徒に対して教員がサブも含めて合計4名いた。この日の課題は、先週の校外学習で訪問した公共施設にお礼状を書くこと。その中で「Firstly,…..Secondly,….」と必ず複数のパラグラフにわたって感想を書くというルールがあり、それが授業の指導目標になっているようだ。
「道具」になっているタブレット
この授業の中でマイクロソフト社のタブレットSurfaceが使われているのだが、まず印象的なのは、Surfaceが生徒にとって完全に「道具」になっていること。生徒は全員がSurfaceを持っているのだが、授業では全員がそれを開いているわけではない。さらに、Surface上で文章を書いている生徒はごく一部で、ほとんどの生徒はノートにハンドライティングでお礼状のドラフトを書いている。Surfaceは、訪問した施設のウェブサイトを開いたり、作文を書くときの言語事項のチェックリストを表示するのに使っている生徒が多い。つまり、どう使えばいいかは生徒に任されているのだ。これは、入学した時からずっとSurfaceが身近にあって、生徒にとって完全にSurfaceが「ただの道具」になっているからこそできることだなあと思った。
プロセス・アプローチの指導法
そして、先生はそういう生徒の間を回って個別に相談していく。つまり、授業は完全にプロセス・アプローチでデザインされている。各自作業をしている生徒の間を4人の先生が移動して個別に進度をチェックしつつ、一対一のカンファランスを行うスタイルだ。カンファランスの内容はアイデアの相談というよりは言語事項のチェックが多いのが気になったが、後で聞いたところこれは今年度のこの学年の重点項目だかららしい。昨年度は、アイデア中心でやっていたそうだ。
手元でカンファランスを記録するシステム
また、驚いたのが先生が生徒の間を手ぶらで回っていること。プロセス・アプローチでは(少なくとも僕には)必須の、「今回のカンファランスで何を話したか」「生徒の進捗がどれくらいか」を記録する紙やファイルを、先生が持ち歩かないのだ。これはどうしてだろう、覚えるのも大変だし….と思っていたら、先生がポケットからスマホを取り出して見せてくれた。何と、そのスマホに専用のアプリがあって、生徒の進捗や評価項目の達成度が簡単に記録できるようになっているのである。スマホの画面は、生徒の名前、顔写真、これまで書いた作文のPDFファイルへのリンク、作文の評価項目、自由記述欄などからなっている。作文の評価項目はチェックリスト形式で、生徒が出来ている項目をタップするとチェックマークがつく仕組みだ。また、次回に向けてのその生徒の課題については、先生が直接入力する。先生は、カンファランスが終わるとこのスマホの画面で生徒の状況を記録し、この記録が蓄積されていくのだ。なにこれすごすぎる。これ欲しい。この記録は、担当教員だけでなく、同僚、生徒本人、そして保護者にも共有される。透明性が高すぎる気もしたが、仕組みとしては非常に優れている。
「本物の読者」がいる授業
この時間は、お隣のY5の教室でも、ライティングの授業だった。ここではいまいよいよ投票が間近なEU離脱をめぐる国民投票について、自分で調べた上で5パラグラフエッセイを書き、それを国会議員宛に意見書として送る、という授業をやっていた。こちらでも、「本物の読者」を教室の外にきちんと用意している点が素晴らしい。また、指導法はやはりプロセス・アプローチ。生徒たちが広い机にSurfaceを使って思い思いに作業をして、先生がその間を回るスタイルである。この教室では、壁に生徒が書いたブックレビューや詩が掲示されていたのも印象的で、書くことが日常化している印象を受けた。
プロセス・アプローチを支えているICT
この学校の作文の授業、とにかくとてもよく出来ていると思う。プロセス・アプローチの授業デザインを、ICTがしっかり支えているのだ。僕が感心したのは以下の点。
- プロセス・アプローチの立場で、生徒の書くプロセスを指導している。
- 教師一人あたりの生徒数が少ない(12人ほど)。したがって、個別のプロセスをしっかりフォローできる。
- 具体的で学校の外部にいる「本物の読者」を想定して書いている。
- 生徒がSurfaceを「ただのツール」として使っていて、それに縛られていない。
- 先生が生徒の進捗や評価を手軽に記録して蓄積できるアプリがある。
単に「プロセス・アプローチで授業をしている」からではなく、単に「最新のICT機器を使っている」からでもなく、「プロセス・アプローチのために必要な環境を整備し、その一環としてICTも使い、質の高い作文教育を実現している」点がとても良いと思った。
また、作文の授業に限らず、プログラミングでゲームを作ったり、学校の商品開発の企画があったり、スタジオで映像作品を作る機会(もちろん保護者にも配信)があったりと、文章を書くのが苦手な子にとって他の表現手段があることも良い。こういう色々な表現手段があってこそ、「なぜわざわざ文章を書くのか」という書くことへのメタな意識を向けることもできる。
いや、これはすごい。少なくとも僕は、日本の学校でこういう風にICTが活用されている作文の授業の事例は知らない(まあ、あまり外部の作文の授業は見てないのですが…もしこういう学校があったら教えてください)。もしこういう環境で作文の授業ができるならこの学校で働きたい….とわりと本気で思う。特にあの、カンファランスをスマホ上で記録するシステムが欲しい。日本でも技術的にはできないわけないと思うので、あとはどこからお金を取ってきて開発するかという話になるんだろうか。難しい話かもしれないけど、でも欲しいなあこれ。
[…] http://askoma.info/2016/06/22/3241 […]