大学での授業がはじまって一ヶ月。やってること、けっこう風越っぽい….?

新しい環境に移って1ヶ月が経った。まあ、おかげさまで楽しく働かせてもらっている。大学に移ってありがたいなと思うことの一つは、裁量労働制で勤務時間が決まっていないこと。僕はなんだかんだで朝8時から夕方6時ぐらいまで大学にいることも多いのだけど、仮に同じ勤務時間であっても、自分の裁量で決められる気持ちよさは大きい。

学生さんに手厚い大学

今の勤務先(福山平成大学)、実に学生さんに手厚くてびっくりする。僕がすごした大学とは時代も大学の性格も違うのだから当然だけど、就職のサポートまで含めて、学生さんは恵まれてるなあ。特に僕のいるこども学科は「少人数教育」が売りで、たとえば僕が一人でメインを受け持つ初等国語や初等国語科教育法の授業は、今年はいずれも20名以下。これなら週1の授業とはいえ、学生さんの名前も覚えられるので、まずはそこをしっかりやらなきゃと思ってる。存在承認のないところでは、何も始まらないから。「名前覚えるの苦手だから…」と言い訳をしつつ、5月中には全員の名前を覚えるぞ。

授業の目標、いまの様子はこんな感じ

小学校の先生になる人たちなので、決して僕のように教科としての国語の専門家を目指すわけでもない。そういう人たちに自分ができることは何だろうと、この3月からずっと考えていた。で、いま決めた僕の目標は、どの学生さんも、将来小学校の先生になった時に「国語の授業、嫌だなあ、憂鬱だなあ」と思わないようにする、ということ。小学校では最低でも毎日1コマは国語の授業があるのだ。もし先生が国語が嫌いだったら、毎日必ず憂鬱な時間があることになる。それは先生にとっても児童にとっても不幸なので、そういう状態にさせないこと、を目標にした。

それともう一つ、とにかく学生さんには高い期待を持って臨みたい。考える楽しさと難しさを知ってほしいし、そこから知識の大切さも知ってほしいし、その先の成長の喜びも味わって欲しいと思ってる。素直な学生さんが多いし、伸びることが楽しくない人なんていない。一人一人とおしゃべりしながら、「あなたがオーナーシップを持つんだよ」「あなたはもっと成長できるよ」「チャレンジしよう」「小学校の先生は子どもに成長の喜びを味わってもらうことが仕事だよ」というメッセージをたくさん伝えていきたいなと思ってる。脅迫論法(〜しないとこうなるぞ)は使わずに、でも厳しい教員でありたい。

そういう思いのせいか今は授業でちょっと詰め込みすぎてるな、という自覚もある。特に初等国語は、僕のミニ授業を体験してもらってからその意図を解説する時間、聞き取ってノートにまとめる時間、論文を(AIを使ってもいいから)読む時間、そして議論する時間と、国語の力を伸ばす意味でも意識的にいろんなアクティビティを90分の中に入れるようにしてて、ちょっと肩に力が入りすぎている。授業準備にも時間をかけすぎてて、もう少しバランス考えなきゃいけない。でもまあ、今はこれでいいかな。研究日以外は授業に全力投球中です。

アメリカじゃなくて長野です

そして気がつくと、大学の授業とはいえ、中高の筑駒よりも小学校の風越のスタイルに近い感じでやっている。最初の授業で「呼ばれたい名前」を聞いてそれで呼ぶようにしたり、授業の終わりに振り返りジャーナルを書いてもらってコメントをつけて返却したり、授業の最初は必ずサークルになって前回のジャーナルで出てきた話題をシェアしたり、「どんなふうに聞いた?ちょっと隣の人と意見交換して」を細かく入れたり、「関係性のリワイヤリング」を掲げて座席を毎回シャッフルしたり…。授業や評価の計画も、一度プランを示して学生さんにフィードバックをもらって作り直した(ちなみに児童文学中心のブックリストを配布してて、そこから本を選んで読んで僕とおしゃべりしないと、テストが良くても優はとれない)。こう書くと我ながら、風越で校長ゴリさんはじめ同僚から学んだことにものすごい影響されている。ある学生さんには「先生の授業はアメリカっぽい」と言われたんだけど、ごめんなさい長野です(笑)

ふりかえってみると、筑駒も風越も、それぞれユニークで稀有な学校だった。僕はそこで育ててもらったな。幸運だった。新しい職場・福山平成大学は、それこそ財務省が4割削減を言い出した地方の小さな私立大学で、正直、厳しいこともいっぱいあるはず。でも、この大学でも、自分が学生さんを育てることと、学生さんに自分を育ててもらうことが同一になるように、力を尽くしていきたいなと思ってる。予想通りに教育比重が大きそうで、研究との両立はなかなか難しいかもだけど、体調を崩さない範囲で教育も研究も楽しみたい。

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