[読書]求められるのは「完璧な人生のデザイン」。優秀な生徒の苦しみに焦点をあてた、ジェニファー・ウォレス『「ほどほど」にできない子どもたち 達成中毒』

なんとも胃にもたれる読後感の本、ジェニファー・ウォレス『「ほどほど」にできない子どもたち 達成中毒』を読みました。本書はアメリカの成績優秀校(およそ上位20%)に通う高校生にメンタルヘルスの不調(鬱、摂食障害、希死念慮、薬物中毒など)が突出して多い事実を、個々の生徒や家族に取材し、その背景をさぐっている本です。「ペーパーテストのみに縛られない」アメリカの大学入試システムの暗部が描かれ、つい日本のことを考えてしまう本です。

成績優秀校の子たちの危機

まず本書を読んで驚いたのが、裕福な家庭に生まれ、名門大学を目指すアメリカの成績優秀校に、メンタルヘルスの問題を抱える生徒が非常に多いという事実でした。でも、言われてみれば納得。彼らは、ハーバードやイェールをはじめとした名門大学に合格するため、日夜を費やしているのです。学業成績だけでなく、課外活動でも大学の入試担当者の目にとまるような活動をして、ボランティアもする。13歳になったらソーシャルメディアのアカウントをつくり、それが入試担当者に見られてもいいように、感じ良く運用しないといけません。すべては、大学に合格するため。まるで自分の人生が大学合格という目的達成の手段となってしまったようです。そんな状況で、完璧な人生をデザインせねばとプレッシャーに襲われ、周囲の優秀な友人と比較して落ち込み、自分の存在価値を疑っていく….そんな多くの事例が本書では報告されていて、読んでいて胸が痛くなります。

「周囲がそうだから」とわが子を競争に駆り立てる親たち

そして、こういう状況を作り出す重要な要素として、本書ではその生徒の家族にもフォーカスがあてられています。自分の子供の幸せを願う両親は、かつてよりも多大なお金と時間を子どもに投資します。我が子の得意や苦手を幼少期の頃からみとり、得意なことや興味のあることを見つけたら、その才能を伸ばしてやるべく機会を与える。習い事の送り迎えもする。もちろん勉強もがんばらせる…。親は、「決して我が子を名門大学に入れたいわけではない、幸せになってほしいだけだ」と一方では言いつつ、「でもこういう社会だから」「周りの親がしている以上、そうせざるを得ないから」と、我が子をレースに参加させ、完璧なプロフィールをつくらせようとします。そして実は筆者自身もハーバード大学卒で3人の子どもを育てる女性。保護者としての自分自身の葛藤も本書には描かれていました。

「自分は大切な存在である」を核とした処方箋

本書の中心をなすのは、こうしたアメリカの優秀校の生徒をめぐる深刻な状況のレポートです。そして、もちろんその対処法も書かれています。鍵は、「自分は(成績抜きで)大切にされている」という感情を子どもに持ってもらうこと。そして、自分が他者によって支えられている実感と、それに裏打ちされた他者を大切にする感情を育てること。家庭・学校・コミュニティでそれぞれ何ができるのかという付録もついていて、このブログで細かいことは書きませんが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

日本も対岸の火事に思えなくて…

しかし…それでも、本書を読んだあとに残るのは全体として暗い気持ちでした。一つは、示された処方箋も「この社会の中で生き抜くため」のものであり、決して社会構造そのものの変革を目指すものではないこと。でもこれはまあ、主な読者が保護者や教員なのだろうから当然でしょうか。そしてもう一つの理由は、日本ももはや対岸の火事に思えないことです。「ペーパーテストのみに偏重した試験」への批判自体が間違っているとは思えない。やはりペーパーテストの試験は、言語能力に強い者に有利になりすぎる。でも、それが不公平だからと、色々な軸で評価しよう、他の側面を見よう…とすればするほど、上位層は「ペーパーテストもできるがそれ以外のこともできる」、完璧なプロフィールを求めての戦争になるのではないか、そう思ってしまいました。

実際に、日本の教育はすでに高度化しています。従来型の知識の暗記だけでなく、「探究」にも力を入れる学校も増えてきました。しかしその実態として先進的な私立中高一貫校でおきているのは「知識から探究へ」というより「知識も探究も」でしょう。その結果、子どもへの要求水準は、かつてよりも高くなっているのではないでしょうか。その中で、教育熱心な保護者はそういう情報にもキャッチアップして、我が子によりよい教育を施そうとします。従来からのリテラシーの早期教育はもちろんのこと、遊びの中で非認知能力を育てることが良いことと奨励されれば、遊びや自然体験にも力を入れる。興味を持ったことや得意そうなことがあればその才能を伸ばしてやろうとする。我が子の自主性を重んじる「良き親」であろうとする一方で、最終的には自分も歩んだエリートコースに我が子を「自主的に」載せようとする…子育てが「無理ゲー」感をますほどに高度化する中で、日本の優秀層の子どもはどんな状況に置かれて、どんな問題を抱えるのか。本書を読むと、その未来が予見できるようでした。

 

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