9月になって1週間が過ぎた。この時期の大学は、きっと大学によっていろいろなんだろう。僕の勤務先はオープンキャンパスや総合型選抜があるとはいえ、それ以外の会議は少なく、8月に比べてのんびりした時間が流れている。とはいえ、9月16日からもう後期の授業が始まるので、今は束の間の夏休み勤務モード。今日のエントリは、そのmodeの中の後期の授業準備の話。
実学志向の大学で、僕が持っている科目
僕のいまの勤務先・福山平成大学こども学科は、地元中心に幼稚園・小学校の先生や保育士を育てるための学科で、そのためのカリキュラムが非常に充実している。教育実習に行く前には実習準備の授業があるし、模擬授業は5つくらいの教科でできる。教員採用試験に向けた授業も設定されている。SPI対策とか教員採用試験対策とか、いわゆる試験対策もやっている。とにかく免許を取る・採用試験に合格するという点に関しては、非常に充実した実学志向の大学だ。僕のいた大学とはやっぱりだいぶ違う。学問・研究の場というよりは実学志向の場だ(その方面は本当にサポートが手厚いので、周辺にお住まいで、幼稚園教諭・保育士・小学校の先生になりたい人にはおすすめですよ)。
僕もそういう科目も担当しているので、持ちコマ数は多く、知人の他大学の先生からは驚かれる。授業外でも面接練習や面談も多いから、その意味で教育負担は大きい大学だとは思う。けどまあ、そんなのは覚悟してやってきているし、実務家教員としては教育頑張りたいしね。授業はオムニバスのものも多いし、面談は好きなので、数字の印象ほどの負担感なく、楽しくやっている。
そんな中で、僕が一人でメインで受け持つのはやっぱり国語系の科目だ。初等国語Ⅰ・Ⅱや初等国語科教育法があって、前者は国語の授業や学習指導要領について学ぶ教科、後者は模擬授業をする授業。他にも言葉系の科目として、幼稚園教諭の免許や保育士資格に関わる「保育内容指導法(言葉)」や「幼児と言葉」がある。こちらも、専門の先生のT2的立ち位置で授業を持たせてもらうことになった。
デジタル絵本をつくる授業は、ライティング・ワークショップそのもの
そんな中で今がんばって準備しているのが「幼児と言葉」だ。幼児期の言葉の発達や、その時期の大人の関わりについて学ぶ授業なんだけど、福山平成大学のカリキュラムでは、前任の先生のおかげもあって、デジタル絵本を作ることを通して、児童文化財としての絵本について学ぶことにけっこう重点が置かれている。
この授業の準備が今とても楽しい。自分も勉強しながらになるのだけど、デジタル絵本を作りながら絵本について学ぶというのは、ライティング・ワークショップそのものだ。大学でもライティング・ワークショップができる!ということで、心弾んで準備している。
まあ3ヶ月付き合ってわかったんだけど、うちの大学の学生さんは、本当に素直でいい学生さんが多い。ただ、読むことや書くことが好きかというとそうではなく、苦手意識を持っている人も多い。だからとにかく自分の授業では読むこと・書くことを身近に感じてほしいと思っていて、後期の授業は、小学校向けの国語の授業も「幼児と言葉」も、どちらも図書館でやることに決めた。筑駒時代から僕は図書館で授業をすることが多かったし、風越はもう学校全体が図書館みたいなところだったので、僕にとって図書館で授業をやるのは自然なことだ。昨日は図書館をうろうろしながら、授業のイメージを少しずつ具体化していく、そんな時間だった。
顔と名前を一致させる、AIに頼めない仕事
地味に大変なのは、「幼児と言葉」は初めて接する学生さんばかりの50名弱の授業なので、顔と名前を一致させるための名簿を作っていることだ。大学内データベースにある顔写真と名前を突き合わせながら、早く一致させられるようにしている。僕は顔と名前を覚えるのがとても苦手な人なので、毎日顔を合わせる小学校の教員生活と違って、週1回しか会わない大学の授業だと、普通にやっていたらまず間違いなく顔と名前を覚えないまま終わってしまう。まあそれでもいいという考え方もあるかもしれないけれど、授業者と学習者の双方向でのライブなので、やっぱりちゃんと一人ひとりのことを認識して、やりとりしながら授業したい。当たり前こればっかりは個人情報なのでAIにお願いするわけにもいかず、毎日少しずつ手作業でリストを作っている。時間は取られているけれど、必要な時間かなと思っている。
一人で作る授業準備は、自分の予想の範囲に収まってしまう
こうやって授業作りのことを考えるのは、やっぱりとても楽しい。自分は授業作りが好きなんだなと感じる。授業準備が授業そのものより好きかもしれないぐらいだ。
ただ、準備をしていてふと思うのは、今は一人で授業を作っているので、去年までの風越学園での授業準備とはだいぶ違うということだ。風越では基本的に2人で授業をしていたし、テーマプロジェクトは学年のスタッフ5・6人みんなで考えることも多かった。基本的にチームで授業を作るわけ。
授業自体、そもそも人が相手なので思い通りにいかない、自分の予想通りに行かないのが当たり前のものなんだけど、風越では授業準備の中にもそういう要素がいっぱいあった。今の授業準備は、僕一人が授業する場に行って学生さんの反応を想像したり、自分の動きをイメージしたりしながら、こうしたらいいかな、こういう設計はどうだろうとストーリーを考えている。そうなると、やはり全部が自分の予想の範囲内に収まってしまう。もちろん実際の授業では予想の範囲を超えることが起きるので、そこで予想を手放してその場の流れに任せるということは出てくるのだけど。
でも風越では、授業準備の段階から自分の予想とは違うことが出てくるのがある意味で当たり前だった。自分とは違うことを提案するスタッフもいれば、授業が明日明後日に迫った段階で「いや、そもそもこうじゃないか」と問い直されたりもする。それは大変なことではあるのだけど、自分の予想通りにいかないで、誰かの提案に乗っかってみるとか、誰かの話に耳を傾けてそっちに任せてみるみたいなことが、日常業務の中に組み込まれていた。これは、そういうことがなくなった今思い返すと、とても貴重な経験だったなと思うのだ。
そうやって小さく誰かに乗っかる、誰かを信じるみたいな「小さな賭け」が毎日あって、そのことが同僚への信頼感を作っていってくれたと、振り返って感じている。
もちろん僕はもともと授業準備が好きだし、筑駒時代は一人で授業準備をしていたので、今が別に困っているかというとそうでもない。これはこれで楽しい。ただ、授業準備の質もずいぶん違うことに改めて気づいて、みんなで作る良さと一人で作る良さの、それぞれを感じているところだ。
今週いっぱいは、そういうふうにちょっとのんびりと、じっくりと後期の授業について考えられる時間かもしれない。その後はまた授業が始まるし、秋は教育実習の訪問や、入試のための仕事も何回かあったり、学園祭も教員ががっつり関わる仕組みなので、後期は忙しいのかなと予想している。その中で研究も進めないといけないですしね。そんな後期を見据えながら、今の間にできることをしっかりしていきたい。

![[読書]アーシュラ・K.ル=グイン『ゲド戦記』シリーズ](https://askoma.info/wp-content/uploads/2016/02/417KDD6HTGL._SL160_-50x50.jpg)
![[読書]俵万智『短歌の作り方、教えてください』](https://askoma.info/wp-content/uploads/2016/02/41gwGPZrarL._SL160_-50x50.jpg)
![[読書]評論を読む楽しさへ誘う一冊。小池陽慈『”深読み”の技法』](https://askoma.info/wp-content/uploads/2022/01/1d7872d10ed01bb0723a7ff3fc0f7b74-50x50.png)
コメントを残す