[読書]スマホ規制派が溜飲を下げるための本、だけではなかった。ジョナサン・ハント『不安の世代』

ジョナサン・ハイト『不安の世代 スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由』(西川由紀子訳、草思社)を読んだ。読んだのは8月の上旬なので、ずいぶん前になってしまったのだけど、なるほどと思う箇所が多々あって面白い本だったので、紹介しておきたい。

著:ジョナサン・ハイト, 翻訳:西川 由紀子
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タイトルだけでは、食指が動かなかった

この本を読むきっかけは、確かFacebookで広告が結構流れてきたことだったと思う。ただ、あのタイトルだけ見るとですね….「もともとスマホやSNSの子どもたちの利用を苦々しく思っている人が、「それ見たことか」と言うために読む本」の印象があって、あまり食指は動かなかった。それが、風越学園の元同僚が読んでいる感想を読んで、図書館で予約して読んでみたという感じ。

もともと英語圏で2024年に出版され、ニューヨーク・タイムズでベストセラー1位を取った本。サブタイトルからわかる通り、スマホやSNSが、特に10代前後の子どもや、10代の若者に対して悪影響を与えていると主張して、それに対する処方箋として社会で何をすべきかを論じている本である。

現実世界での過保護と、仮想世界での保護不足

そして、実際に読んで面白かったのは、この人が問題視しているのが「現実世界での過保護」と「仮想世界での保護不足」のギャップだということ。

仮想世界での保護不足とは、オンラインの世界で子どもたちがあまりにも守られていないこと。筆者はSNSは一定年齢までは禁止すべきだと考えているし、スマホも少なくとも小学生に渡すべきではなく、実際にインターネット上の成人年齢を16歳と定めて、そこまでにだんだん階段を設けていくべきだ、と考えている(念のため書くと、現状のインターネット上の成人年齢は13歳で、13歳になるとSNSにせよウェブサイトにせよ自由にアクセスできてしまう)。

ここまでだったらよくある話なんだけど、同時に筆者が問題視しているのが、現実の世界での過保護のほうだ。近年では、子どもが1人でお留守番をしたり買い物に行ったり、あるいは大人の監督の目なく子どもたちだけで遊ぶ機会が激減している。それを問題視しているのだ。

僕自身も、その変化のただ中にいた世代

現在49歳の僕も、自分の子ども時代と比べた時の社会の意識の変化を感じている。放課後は子どもが子どもだけで外で遊ぶのが当たり前の世代だった。しかし一方で、僕自身はといえば、放課後が習い事で埋まっていたタイプの子ども。今思うと、「自由な放課後」から「管理された放課後」への変化のただ中にいた世代なのかなという気もする。その後、遊ぶにしても室内でのゲームが主流になったことや、実際の治安の高まりに反して、治安への不安は高まったこともあって、40年前と比べて子どもたちが自分たちで外に出かけたり遊んだりする機会が圧倒的に減ったことは、おそらく間違いないのだろう。

筆者が、オンライン上での保護のなさと同じ程度に問題視しているのが、この現実世界での過保護である。これによって、子どもたちが自分たちで判断したり、リスクを負って何かをしたり、その中で失敗したりという経験が失われすぎている。リスクを取って失敗すること、多少の危険に向き合うこと、冒険しチャレンジすること。そういう経験が圧倒的に減っていることを問題視しているのだ。

風越で大事にしていたことと、「世界から押し返される経験」

この主張は、僕にとっても納得のいくものだった。前任校の軽井沢風越学園校長のゴリさん(岩瀬直樹さん)が、「昔たくさんあった放課後の時間、大人が見守るのではなく子どもたちだけで過ごす時間を、今は学校や地域が意識的にデザインしないといけない」ことをよく指摘していて、それと同じ話だと思いながら読んだ。

またちょっと文脈は違うのだけど、以前に読んだ藪下遊・髙坂康雅『「叱らない」が子どもを苦しめる』(ちくまプリマー新書)に、子どもには自分の思う通りにならない経験、世界から押し返される経験が必要だ、という主張があった。おそらく、現実世界での過保護が、世界からの押し返しや、子どもたちがリスクを取って行動する機会、失敗する機会を失わせているという意味で、通じる話だと思う。

著:藪下遊, 著:高坂康雅
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また、もちろん本書では、スマホやSNSが子どもたちのメンタルヘルスにいかにマイナスに働くかという、この手の本にありがちな話も、多くのデータで語られている(もちろん、ありがちだからといって大事ではないわけではない、念のため)。どんなデータがあるかは、ぜひ本書を読んでいただきたい。

親が一人でがんばっても、たぶん無理

筆者は、こうした現象に対して、家庭が一人で対抗することの難しさ、周りがみんなスマホを持っている状況だと「いち抜けた!」ができない難しさも熟知している。これは、僕も風越学園での多くの保護者の方とお話しする中でも、たくさん聞いた話だ。そういう「集合行為問題」であるスマホ問題に対して、社会としてどのような対策を取っていくべきか、学校レベルから自治体レベルまでの現実的な提言が、最後には示されている。 

タイトルと表紙だけ見ると、また不安を煽る本か、スマホ反対派が喜ぶための本かと思われても仕方ないと思う。実際、僕自身がそう思って手が伸びなかったわけだし。でも本書の提言には、僕たちがどのような社会を目指すのかという意味で、耳を傾けるべきところが多かった。もしよかったら読んでみてください。

著:ジョナサン・ハイト, 翻訳:西川 由紀子
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