[読書]学校で、「一家団欒」はできる?佐伯胖『新版「わかる」ということの意味』

佐伯胖『新版「わかる」ということの意味』は、教育関係の本でもよく名前の上がる古典的一冊だ(旧版の初版は、もう40年前の1983年に出ていたので、「古典」と読んでも構わないだろう)。たしか10年以上前にも一度読んだのだけど、当時は勤務先生徒の実態も、僕自身の関心も、今とはだいぶ異なっていた時期。多分「ふーん」とさらっとめくっていただけなので、ほとんど初読のような気持ちで読んだ。この筆者の子ども観や、「わかる」ことの意味づけからは、学ぶことが多い。

やる気のない子は何を考えているのか?

前との違いで言えば、今回の読書で一番印象的だったのは、第二章「やる気のない子は何を考えているのか?」の、「やる気を失った」子が、なぜそうなるのかを説明する箇所だった(p84)。多分、以前の僕ならそういうことにあまり関心を持たなかっただろうから。筆者は、その子が「外界の変化の要因になること」「何らかの能力があること」の2つを示したいが故に「やる気を失ったと見える行動をする」ことを明快に説明している。一般にも、注目を浴びるための行動を取ったり、セルフ・ハンディキャッピングをしたりする行動は、この理由で説明されることが多く、さほど目新しい主張でもないはずだが、強く印象に残ったのは、風越学園の特定の子数名の顔が思い浮かんだのと、僕自身、こういう視線で子どもの行動の背景を想像することがまだまだだな、と感じているからだろう。

ただ今回は、『モチベーションの心理学』や『内発的動機づけと自律的動機づけ』を読んだ後ということもあって、最近の動機づけ研究ではどうなっているのだろう、ということも気になった。

例えば、人間は本当に、「原因になりたい、影響を及ぼしたい」のだろうか。むしろそれとは逆の、原因になること、影響を及ぼすことを恐れる心情も、人間にはあるように思える。別に反論したいわけじゃないけど、この筆者の仮説は何を根拠にして、どのように評価されているのかを知りたいと思った。

双原因性感覚から、理解を通した参加へ

ともあれ、筆者は、やる気の要因を「双原因性感覚」に求めている。これは、自分が外界の変化の原因となると同時に、外界の対象が自己の中に協力的な他者として入り込んで、自己を変えてくれる感覚のことだ。ここに自他のパートナーシップが成立して、「私」と「あなた」がともにわかろうとする「理解を通した実践への参加」の契機がある。その際には、「自分が得意とする小さな世界との結びつき」が鍵になる、とも述べている。

人がものごとを理解し、納得するときというのは、実は、常にそういう「私が得意とする小さな世界」との結びつきが見えたときなのです。(p138)

この前提に立った上で、筆者は「わかる」とは、結局は文化的実践に参加すること、つまり、「本物の価値を認め、受け入れ、そして自発的に、価値の発見、創造、普及の活動に加わること」(p212)と述べる。そして、そこでの参加のイメージが「一家団欒」の比喩で表現されている通り、ここでは「能力」の有無によって参加資格を与えられたり奪われたりすることも決してないのだ。

学校で「一家団欒」的共同体はできるのか?

個人的に読んでいて面白かったのは、この「双原因性感覚」から始まって実践の共同体の構築に至る流れのところ。筆者は、学校を文化的実践の場として捉え返すことを期待しているのだ。

この筆者の主張は、最近の自分が「作家の時間」「読書家の時間」で「読み書きという実践に参加する人々の共同体」を作りたいと願っていることとだいぶ近い(言うまでもないが、できているかは別である)。そして、学校にいる子に能力差(できる・できない)があるのは当然のなのだから、その能力の有無でメンバーシップを判定することはしない。だから、そこの共同体は能力の有無が問題にならず、あえて言えば「参加する」ことだけが求められる能力になる。その方が、特に「できない」とされる子がのびのびと授業に参加できて、結果として国語の力もついていくだろう。

ただ、学習指導要領を持ち出すまでもなく、学校は社会的に望ましいとされる「能力」を伸ばす場である。とすると、学校という場において、能力を問題としない「一家団欒」に象徴される共同体を作ろうとするのは、根本的には矛盾しているのだろう。まして、僕の場合は、そういう共同体の中でこそ個々の能力(国語力)が発揮されるのではないかと期待してそれをやるので、二重の意味で矛盾だと指摘されても仕方ない。このへんの矛盾はまあ根本的には解決しないのだろうが、筆者はどう考えているのだろう。それも知りたいなと思った。

それにしても、旧版初版が40年前に出ているのに、いまの自分に色々と響いてくるのだから本は面白い。この本の姉妹版『「学ぶ」ということの意味』も手に取ってみようと思う。

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