[読書]生徒をエンパワーするデザイン思考の教室。試訳稿『教室におけるデザイン思考』(原著David Lee, Design Thinking in the Classroom)』

David Leeの Design Thinking in the Classroom:Easy-to-Use Teaching Tools to Foster Creativity, Encourage Innovation, and Unleash Potential in Every Student の試訳、『教室におけるデザイン思考』を読んだ。訳者は門倉正美さんと吉田新一郎さん。本当であれば訳書として刊行されるはずが著作権上の契約の問題のため、試訳版となったものだ。僕は門倉さんと旧知の関係なので、個人的にお送りいただいた。けっこう参考になることも多かったので、ここにメモをして、あわせて紹介しておきたい。

目次

子どもをエンパワーする方法

本書でまず面白いなと思ったのは、筆者がデザイン思考を教室に持ち込もうとした動機が「子どもをエンパワーするため」だったことである。筆者のベースにある人間観は、人は誰もがもともと創造的であり、そうでないように見える人も、それがまだ発揮されていない状態にあるというものだ。そして、全ての生徒をエンパワーして創造性を解放するために、筆者は教室にデザイン思考を持ち込もうとする。

デザイン思考って?

デザイン思考の定義は難しい。端的に言えば、デザイン思考は「すべての人がデザイナーのように考え、行動できるようにする手立てとツール」(試訳p16)を提供するものだ。ここでのデザイナーとは、webデザイナーという意味での「デザイナー」というよりは、「イノベーションを起こす人」のこと。そして、教育分野におけるデザイン思考は。「人間中心で探究中心の学習支援と、イノベーションを好むマインドセットとの統合」(試訳p19)という形で表れる。

デザイン思考のマインドセットとプロセス

これだけだとまだあまりピンとこないのだけど、筆者によると、デザイン思考をフル稼働させているデザイナーは、次の6つのマインドセットを持っているのだという。この6つのマインドセットが「デザイン思考」の核と言ってよさそうだ。

  1. 人間中心
  2. プロセスの自覚
  3. 試作品・試作案づくりの文化
  4. まずやってみるという気持ち
  5. 言うのではなく、見せる
  6. 根本的な協働

どれもなるほどなあと納得することが多い。あえて言えば、個人的には「人間中心」がほとんど「ユーザー中心」であることには疑問があって、別にユーザー中心じゃなくて全然いいんじゃないかなとは思ったけど。

また、こうしたマインドセットに支えられたデザイン思考のプロセスは、次の5つのフェーズに分けられる。

  1. 共感
  2. 定義
  3. 発案
  4. 試作
  5. テスト

簡単に言えば、本書はこのマインドセットとプロセスについて解説し、教室におけるデザイン思考に基づいたプロジェクトの実例を紹介している本だ。それぞれどのような解説がなされているか、全てをここで書くことは控えようと思う。

作家の時間との親和性

個人的に面白かったのは、本書のデザイン思考のマインドセットやプロセスが、ライティング・ワークショップ(作家の時間)のそれと結構重なる部分があったことだ。例えば僕の作家の時間でも、「試作品づくりの文化」や「まず、やってみるという姿勢」の大切さはよく感じる。オリジナルのいいものを作ろうと力んだり、他の子の作品と比較して劣等感を感じてしまう子よりも、読んだものからパクってとりあえず書いてから試行錯誤する子の方が、明らかにスムースに書けるのだ。

失敗への恐れをどう克服する?

ただ、この「まずやってみる」「試作品から学ぶ」姿勢を生み出すには、失敗を恐れる気持ちを克服しなくてはいけない。「失敗は、改善するために必要なものを見いだす途上の事柄なのだ」と思い、失敗を「学びを進めていくためにデザインされた実験」とみなす(どちらも試訳p28)には、どうしたらいいのだろう?

そのための方法として、筆者は「教師が自分の失敗を語る」ことや「クラスメイトがいかに失敗から学んだかを紹介する」ことを提案している(試訳p106)。これは、僕の作家の時間だと何に該当するのだろう。「失敗を恐れない文化」や「とりあえず書いてみる文化」づくりは書くことでもとても大事なので、授業作りの視点として持っておきたい。

テーマプロジェクトにも活かせそう

また、本書で提案されているマインドセットやフェーズは、風越のテーマプロジェクトにそのまま活かせることも多い。実際に、実例として紹介されている「幼稚園児のために自然を模したおもちゃをデザインする、2年生のプロジェクト」なんかは、風越でもそのまま出来そうだし。「鍵となる問い」(p119)など、風越でデザイナー出身スタッフである246(西村さん)から聞いた話もいくつかあって、一度この枠組みでテーマプロジェクトを設計しても面白いかもと感じた。

とまあ、プロジェクト学習をする学校の関係者はもちろん、そうでない方にも、「生徒をエンパワーする仕組み」という点でけっこう興味深い本だ。それだけに、幻の訳書となってしまったことが残念である。英語も大丈夫な方は、ぜひトライしていただきたい。

ちなみに、門倉さんと吉田さんのコンビは過去に訳書としてチャールズ・ピアスの『だれもが<科学者>になれる!』も刊行しており、国語の授業との絡みも多い本で、こちらもぜひ読んでほしい。個人的なことを言うと、実は風越で子どもたちがマイプロジェクトに必要なお金を獲得するための「マイプロ助成金」制度は、この本のアイディアをベースに僕が中心に制度設計したものだ。マイプロ助成金も、もっと制度としてより良いものにしていきたいなあ。

[読書]「本物の科学者」になる小学生たち。チャールズ・ピアス「だれもが<科学者>になれる」

2020.01.26

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