[読書]これぞ精読の面白さ!「扇の的」の魅力に気づく、野中哲照『那須与一の謎を解く』

国語教育の教科書で圧倒的なシェアを誇る光村図書。その中学校2年の教科書に掲載されているのが、『平家物語』の「扇の的」の章段だ。東国の若者那須与一が、船の上の扇の的を見事に射抜いて喝采を浴びる名場面である。本書、野中哲照『那須与一の謎を解く』は、タイトル通り、丸ごと一冊この若者についての本。とにかく読んで面白い本である。この本を読めば、「扇の的ってこんなに面白い話だったんだ!」と驚く方は少なくないはず。

精読に始まり、精読に終わる!

本書は「読解編」と「研究編」の二部構成になっている。前半の「読解編」は文字通り「扇の的」を丁寧に読解していく章。そして後半の「研究編」は、那須与一にまつわるさまざまな研究成果が紹介される章である。例えば、「扇の的」のさまざまなバリエーションだったり、那須与一のモデルとなる人物を論じたり、「扇の的」の成立過程を明らかにしたりする。これもそれぞれ興味深い話なのだが、個人的に共感したのは、それらが最後に「扇の的」の本文の読解につながってくる事である。そして、その読解をメインに扱う前半の「読解編」は、本当に丁寧な読み。一つの単語、一つの接続語も揺るがせにしない。単語から当時の時代背景に遡り、そこから立ち上がる時間や空間がどんなものだったかを明らかにし、さらにはもっと大きなドラマの構造を「V字」を基本形として読み解いていく。ミクロとマクロを往還する読みはとても精緻で、この読解編だけで100ページを超える。研究編もそれを支える背景として位置付けられており、まさに「精読に始まり、精読に終わる」本なのだ。

僕は本書の、特に「読解編」をとても面白く読んだ。正直、「扇の的」がこれほどよくできた面白い物語なのだということに、僕は本書を読まなかったら気づけなかっただろう。筆者の力量に感嘆した。と同時に、自分が物語の良さを見抜く目をまだまだ十分に持ち合わせていないことを実感もした。いや、中高で国語を教えていた頃の方が、今よりももっと精読をしていたと思う。今は「読書家の時間」向けに小中学生が読みそうな本を多読する傾向が強いこともあって、本書のようなミクロとマクロを往還する丁寧な精読をあまりしていない。その筋肉というか、勘が弱くなっているな、ということも感じた。

というわけで、本書はとてもおすすめできる。中学校の国語科研究室の本棚に一冊は入れておくべき本だ。僕と同様に、「扇の的」章段の良さに気付かされ、「自分はまだまだ読めていなかったんだな」と思う国語科教員はきっといるはずである。

読みやすい体裁にも好感

そして、本書のもう一つの長所はその体裁にある。研究書ではあるが、「研究書と一般書の個別を設けない」という著者のポリシーを反映して、フォントの大きさといい、豊富なイラストといい、文体といい、とても読みやすい体裁になっているのだ。本書は内容がとても興味深いだけに、たとえば中学生時代に国語の授業で「扇の的」を読んだ高校生が、その面白さに改めて出会い直すための一冊としてもいい。この体裁なら、そういう素敵な「出会い直し」が本当に訪れるのではないかと感じる。

おまけの関連リンク

最後に、おまけの関連リンクとして「國學院大學メディア」の「謎多き坂東武者、那須与一の謎に迫る」(前・後編)も紹介しておく。著者の野中哲照さんが那須与一について語っている記事で、さながらこの本のダイジェスト版の趣も。本書に興味を持った方は、ぜひ一読していただきたい。

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