石川晋さんの「作家の時間」訪問をめぐって、いくつかの断片的メモ。

9月20日、少し早めに退勤して東京へ行き、夜に石川晋さんの「作家の時間」の講座に出て、翌日は彼の勤務する小学校で「作家の時間」の授業を2コマ見た。冨田さんも見学にいらしてて、楽しい時間を過ごした。忘れないうちにブログに記録をと思うのだが、明日の仕事の準備もしなきゃで、まとまらないまま断片でメモしておくことにした。まあ、後で読み返しても、僕本人はわかるはず…。とりあえず、アップする。

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石川晋「中学校『見たこと作文』指導」(『旭川国文』13号、1997年)、晋さん30歳の頃の実践。これは面白い。見たことを書く体裁をとりながら、書くことを通して世界の見方を変えていく。書けない子のスタートとしても、ハードルが低くていい。「子どもの書いたものならなんでも面白がれる」という彼のコメント力は、ここへの返信で鍛えられたのだろうな。短い文は読む力が問われる。

 

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「手引き」とは手を引くもの。手引きを作るときに、手を引く「あの児童」「あの生徒」の顔を具体的に思い浮かべているかどうか。

 

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「ここまでは達成させたい」と目標を定めると、目標からの落差を基準にして子どもを見るようになる。

 

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10年前よりも、颯爽とはしていない。年齢相応に、まっとうにしょぼくれていて、いい。

 

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受け持ち児童数200名超。正直、一人ひとりのことはあまりわからない人数だ。それでも、こういう雰囲気は作れるんだな。

 

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全員分のふりかえりを匿名で読む。そうだった。この人はずうっと「教室読み聞かせ」の実践者なのだ。書き手の「いま」と良い振り返りを教室の全員に届ける。

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パブリックな批評として、作品へのフィードバックを全員の前で読み聞かせる。そう言ったら苦笑されそうだが、これは自分にもやれる。いつもの自分の個人的なフィードバックと何が変わるのか、試してみよう。

 

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決して教えていないわけではない。でも、聞いていて楽しいカンファランスだ。

 

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「上手くなりたい」とは本人は思っていない。そうわかってなお、その子に技術を教えようとするかどうか。

 

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こちらが頑張ると、その頑張りに応えられない子を追い詰めてしまうことも、ある。もっと手を抜いてみようか。

 

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全体としては短く、バラエテイに富んだ作品集。たった一行の詩もある。書くのが苦手な子が恥ずかしくならない。

 

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PCか手書きかで言うと、この人は一貫して手書き派だ。PCを使えばたくさん書けるからと言って、読む側(教師・子ども)の処理能力が上がるわけではない。

 

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PCで下書きを書くよりも紙の作家ノートの方が、子ども同士の気軽な交流はよく起きるな。目にも見える。

 

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子どもが自分の作品であるという質感をともなって作品集を作り上げるまでのプロセスを大事にする。手書きで作家ノートを使って苦労して書くプロセスや、モノとしての作品集を仕上げるプロセスを。

 

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学校はしょうもないことが毎日起きる場所。しょうもないことは全部笑いに変える。ユーモアと頷き。枠をずらす。脱力する。

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枠をずらすとは、既存の枠組み対してクリエイティブに働きかけること。

 

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