生徒に紹介したいなあと思う本にまた出会った。森山至貴『10代から知っておきたいあなたを閉じこめる「ずるい言葉」』。著者はクィア・スタディーズを専門とする社会学者で、10代のヤングアダルト向けに書いた本は今回がはじめて。実は、同じ著者の『LGBTを読みとく』が僕には大変勉強になる本だったのだけど、中学生にはちょっと厳しいなあと感じていたので、待望の一冊である。
目次
「知識」が人を助ける
前著の『LGBTを読みとく』は、「差別をなくすのに必要なのは思いやりではなくて知識」という姿勢が大変明確で、「知識を持つこと・知ること」の重要性を思い知らされた一冊だった。LGBTについて基礎的な知識を得たい僕にはとても良かった。
この筆者の姿勢は『10代から知っておきたいあなたを閉じこめる「ずるい言葉」』でも変わらない。人を抑圧する言説の背後に何があるのかを明らかにする社会学の知見を若い人に手渡すことで、抑圧される立場にある若い人たちを助けようとしている。
被抑圧者を黙らせる「ずるい言葉」たち
本書のターゲットになるのは、「あなたのためを思って言っているんだよ」「そんな言い方じゃ聞き入れてもらえないよ」「悪気はないんだから許してあげなよ」….そんなよくある言い方だ。筆者はこれを「ずるい言葉」と呼ぶ。誰もが言われたことがある/言ったことがあるこうした言葉を取り上げて、その言葉の意味をしつこく、丁寧に、批判的に読み解いていく。
そうすると、私たちがつい口にしがちなこうした物言いが、結局は抑圧する側に有利に働き、被抑圧者を黙らせる言葉であることに気づくのだ。抑圧する側や冷静な第三者を装いたい人間がしばしばこうした台詞を口にすることが、結果的に被抑圧者への差別を維持する構造になっている。本書が中高生に平易に示すのは、こうした「権力関係に差がある両者の会話の中で、これらの言葉がもたらす機能」についての知見である。
本書は色々な意味で中高生の役に立つだろう。一つは、文字通り抑圧される立場である彼らを助ける、新しい見方を提供するものとして。特に「もっと知りたい関連用語」として、「トーン・ポリシング」「I have black friends論法」「アイデンティティ」などの抽象的な語彙を得られる点は有益だ。こうした概念は、弱い立場にある中高生が大人の発言を批判するための武器となる。
もちろん現実はそう簡単ではなく、本書にあるような指摘をそのまま中高生が大人に向かってしたら、それこそ「言い方が悪い」とトーン・ポリシングを受けるに違いない。しかし、それでも、今自分が何をされたのかを受け止め、納得し、批判意識を保ち続けるための武器として、本書は有効だ。
社会をよりよくするために
そして、本書の最大の価値は、こうした武器の役割を果たしつつ、同時に、10代の若い人たちに差別についての知識を学んでもらっている点にある。抑圧される立場の人間が、別の場面では抑圧する立場になるのはよくあること。彼らも「あるある!」と被害者の立場で本書の「ずるい言葉」への批判に共感しつつ、いくつかの「ずるい言葉」を自分も口にしていることに気づくと思う。少なくとも僕はそうだった。その「あ、しまった」という気づきが積み重なれば、その人の意識は確実に少しだけ良い方向に動く。そして、これからの社会を支える人たちである若い世代の人たちが、少しでもこうした「ずるい言葉」に敏感になってくれれば、未来の社会で生きやすい人は多くなるはずだ。
武器であるが、それだけではない。
武器である。でも、それだけではない。風越の子(小6〜中1)にはまだちょっと早いのが正直なところだけど、もしかしてアンテナに引っかかる子もいるかもしれない。いつかタイミングを見計らって手渡せる子が出てくるといいな。その時の反応が楽しみな一冊だ。