溝上慎一さんというと「アクティブラーニング」関連の書籍や講演、さらには桐蔭学園をはじめとした学校現場への指導・助言で非常に有名な方。僕もいくつか原稿や本の一部を読むことはあったのだけど、先日、溝上さんの講演を聞く機会があったので、そこで紹介されていた次の本を読んでみた。というわけで今日は「お勉強」系読書のメモ。
目次
アクティブラーニング関連の語の定義を押さえる
この本で一番良いのは、第1章でアクティブラーニングやそれと関連する「能動的」などの語の定義について議論されているところだと思う。
まず、溝上さん自身の定義は、
一方向的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。(p.7)
とある。教育現場にいると「しっかり講義を聞いて頭が働いていればアクティブラーニングだ」などという人までいるのだけど、それまで入れてしまうとわざわざアクティブラーニングという用語を使って話す意味がない。だから、そういう無意味な反論を封じ込めるように、「活動への関与」と「認知プロセスの外化」の2つをキーワードに、操作的に定義しているわけだ。
この第1章では、ほかでも数名の定義を取り上げてその際を確認したり、学習概念であるアクティブラーニングと教授概念であるアクティブラーニング型授業(アクティブラーニングを取り入れた授業)を区別したりと、この分野の議論における有益な見取り図を提示してくれている。
トランジションの観点からの学校教育デザイン
また、溝上さんが強調されているのがトランジション、つまり、学校から仕事・社会への移行という観点だ。学校教育を受けた生徒が卒業後社会で生きていけるのか、その力を学校がどのように育てるのか、という観点があるからこそ、アクティブラーニングの必要性が叫ばれてもいる。目の前の中高生を育てる時に、そういう視点から学校教育をデザインする必要がある。
なお、溝上さんが河合塾とやっている「学校と社会をつなぐ調査」(10年トランジション調査)では、どんな高校二年生がどんな大学一年生になるのかについての調査結果が報告されていて、今後どういう結果が出てくるのか楽しみだ。単行本としては最初の報告である以下の本も読んでみようと思う。
学校と社会をつなぐ調査
http://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/trans/
なお、僕自身もトランジションの視点は大事だと思う。しかし一方で、学校は、特にコミュニケーションが苦手な生徒にとっても居心地の良い場所であってほしいという思いもある。この辺の塩梅、アクティブラーニングを推進されている先生たちはどうなさっているんだろうか。知りたいところだ。
アクティブラーニング型授業のための工夫や事例も
この本の第3章と第4章では、アクティブラーニング型授業のための技法や工夫が紹介されている。ここの部分は正直なところ僕にとっては「どこかで読んだことのある話ばかり」だったのだけど、コンパクトにまとまっているので、それぞれの文献にたどり着く前の一冊としては良いのかもしれない。個人的には、「協調学習」と「協同学習」の用語の用いられ方の違いや、ラーニング・ピラミッドをめぐる議論が参考になった。ラーニング・ピラミッドは僕も以前にブログに書いたことがあったけど(下記参照)、溝上さんは学術的な怪しさは認めつつ「実践を推進するための模式図」としての活用する立場のようだ。
総合的にみて、この本の強みは用語の定義や理論的背景について触れている第1章と第2章だと思う。全体的にコンパクトにまとまっていて、参考文献もきちんと乗っているので、ここから他の資料をたどっていくのに良さそうな一冊だ。