「そんなことしたら、作者がかわいそうじゃない」。具体例とまとめをめぐる先輩の教え。

気温の低い長野県にも春。庭から見える森の枝先にも緑色がつきはじめて、草木が芽吹いてきました。風越学園もいよいよ子供達がやってきて、来週から国語の授業のはじまりです。そんな時期に、今日は、過去の思い出を記録するためのエントリ。

ある先輩教員の授業見学

僕が教員になったのは20代後半の遅い時期。最初に勤めた私立の洗足学園は、当時、受験指導に力を入れた女子進学校でした。僕がその学校に採用されたのもたぶん学歴のおかげだったと思うのですが(笑)、高2高3の現代文や小論文の指導に携わって、かなり熱心に受験指導をした記憶があります。今日書きたいのは、その後、母校でもある筑駒に勤務先を移した年のこと。

その年、僕はある先輩教員の中学2年生の授業を、一年間、毎回見学させてもらってました。筑駒の国語の先生は(少なくとも当時は)学究肌の先輩方揃いで、中高というより大学の先生っぽいアカデミックな雰囲気の方揃い。でも、僕が見学していたのは、その中では唯一教員養成系の大学を卒業した、ちょっと異色な経歴の先生でした。僕も中学生時代にその先生の授業を受けていて好きだった記憶があって、教員となって改めて授業を見学したのです。やっぱり面白かったですね。教科書とチョーク一本でふらっと教室に行き、雑談のような話からいつの間にか授業に入り、生徒の発言をよく拾って、発表やお互いの対話もさせる方で、基本的には講義形式(ただし一流の)が多かった当時の筑駒国語科の授業では、やはり異色でした。

具体例とそのまとめをめぐるやりとり

その先生とのある日の授業後の雑談の中で、説明文の取り扱いについて「具体例は、それを使って言いたかったまとめを押さえれば、それでいいと思う」的なことを僕が言ってしまったことがあります。いま思えば、浅はかな考えでした。受験指導に関わっていると、どうしても効率的に文章を読むことに重心を置きがちで、ともするとそれが「正しい読みの方法」と勘違いすることがあります。例えば、言い換え表現に注目する、接続詞を使って文章のこの先の展開を予想する、二項対立をおさえて筆者の立場を明確にする、などなど….。どれも間違ってもないし有益ではあるけど、あくまで「文章を短時間で読んで言いたいことをつかむ」上で有益だ、というだけの話にすぎない。でも、前年まで受験指導に染まり、自信家でもあった若い僕は、それを「正しい説明文の読みの方法」だと思ってしまっていたのですね。「具体例とそのまとめがあれば、まとめに注目する」もその一つでした。

その僕の発言を聞いて、先輩がおだやかにたしなめた言葉が印象的でした。「あすこまさん、そんなことしたら作者がかわいそうじゃない」。この言葉にはハッとしました。考えてみると、具体例を使って言いたいことなんて、実はけっこう平凡なものです。要約されて残る主張なんて、それだけなら誰にでも言えるような抽象的なものにすぎない。それをどんな具体例を使って言うかに、書き手の工夫や創意がこめられている。大事なのはむしろ、まとめよりも具体例の方でしょう? その先輩は、そういうことをおっしゃったのですね。

実作者でもあるユニークな先生でした

もう少しあとで知ったのですが、その先輩は短歌の実作者でもありました。実作者としての経験が、「作者がかわいそうだ」という言葉の背景にあったのだと思います。

また、思い出しついでにやや余談になりますが、その先輩は、いわゆる「センスのある」作問者でもありました。期末試験や入学試験の作問経験のある方ならわかってもらえると思うのですが、国語の問題をつくる時は「線を引きやすい箇所」「そうでない箇所」というものがあるものです。一番平凡で面白みがないのは、説明文の抽象的な部分に線を引いて「どういうことか説明しなさい」という作問ですね(もちろん、こういうことをちゃんと聞いていくのは大事なことではありますが)。でもその先輩は、小説でも説明文でも「え、そんなところに線を引くの?」と、こちらが隙をつかれる、読み過ごしそうな箇所にすっと線をひいて、でもいざそうやって問われるとうまく説明できなかったり、そこから人物の動きや心情に迫ったりする、そんな問題をつくるのが上手な方でした。あれはもはや名人芸。真似しようとしたけど、真似できなかったなあ。ほんと、ユニークな先生でした。

そんな先生の授業を一年間見学したのは、僕が筑駒に着任した初年度のこと。僕がライティング・ワークショップ(作家の時間)やナンシー・アトウェルのことを知ったのは、さらにその翌年でした。それからもう15年以上たったわけですが、Chat GTPなどで長文の要約が簡単に作れるようになったいまの時代だからこそ、その先生の「そんなことしたら作者がかわいそうだ」という言葉が、たまに僕の頭をよぎるのです。

 

 

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