[読書]音読指導の「あり方」から「やり方」までを具体的に。土居正博『クラス全員のやる気が高まる!音読指導法』

小学校国語のエキスパートの一人、土居正博さんの『クラス全員のやる気が高まる! 音読指導法』を読んだ。「ただ宿題にして保護者に音読カードにチェックを入れてもらうだけ」になりがちな音読に、明確な「指導」意識を持って取り組み、音読指導の「あり方」から「やり方」まで幅広く、しかも具体的に扱っている素晴らしい本である。個人的には特に、「黙読への足がかりとしての音読の意義」を明確に示してもらえたのがありがたかった。自分用のメモとしてここに残しておく。

目次

「音読」への意識が足りてないなあ…

中高生を教えていた頃と違って小学生を教えるようになると、国語力を伸ばす上で特に小学生の時に大事な経験って何だろう、ということを考える。読み聞かせや読書の量(書き言葉に触れる量)はもちろんその最右翼で、むしろ小学校までで勝負の多くが決まってしまう分野がここだ。その辺りの大切さは色々な文献にあるが、読みやすい本としてひとまず今井先生の本をあげておく。

それらに加えてもう一つ、風越学園の子を見てて「今まで自分に足りていなかったな」と思うのが「音読」への意識である。例えば、僕は「作家の時間」でもしつこいほど「書いた原稿は必ず音読するんだよ。音読するだけで、読みにくいところやおかしな日本語に気づくよ」と語りかけているのだが、それが「嫌だ、めんどくさい」の壁に阻まれてなかなか定着しない。「自分がやりたくないことはやらなくていい」と勘違いされがちな風越のあり方も一因かもしれないが、まず何よりも、文章を声に出して読む、という経験が圧倒的に足りていないのではないか。

また、風越には当然、一人で読む(黙読する)のが苦手な子もいる。そういう子には理解の確認や促進のため音読をしてもらうのだが、それをとても嫌がる。まあ、苦手なのが可視化されるのが嫌な気持ちはわかるのだけど、音読してもらわなければ評価もできないし、読む力(少なくとも流暢さ)の高まりを実感するのも難しい。これもまた、音読経験の少なさが原因なんだろうなと思う。

というわけで、最近、りんちゃん(甲斐利恵子さん)の手持ちの齋藤孝の本のセットを借りて、週1回だけだけど、音読・暗唱をやっている。こういう経験の積み重ねが、現代の文章はもちろん、中学校での古文の学習にもプラスになるだろう。

音読指導の「あり方」から「やり方」まで

僕が土居正博さんの『クラス全員のやる気が高まる! 音読指導法』を読んだのは、そういう最近の個人的文脈からである。そして、この本は、とても良い本だった。

まず、音読指導の意義と基本方針(第1章)、具体的な指導の手立てや計画(第2章)、さらにノウハウ的な小さな学習活動プラン(第3章)と、音読指導の「あり方」から「やり方」までをひと通り網羅している点が素晴らしい。音読指導の素人の僕としては、大変に助かる構成である。僕自身はノウハウよりも原則に興味がいくタイプなのだが、逆のタイプの人もいるだろう。その人は第3章からでも読める。

また、「一番重視すべきはスピード」、「ハキハキ、スラスラ、正しく」、「句読点読みから意味句読みへ」などと、指導者が目指す子どもの姿が目指す姿が短く簡潔な言葉でまとめられているのもありがたい。姿勢、評価の観点、年間計画など、本当に多岐にわたってはっきりと書かれており、具体的指針として参考になる。

その中で個人的に一番響いたのは「まずは教科書をフル活用」という一言。「読書家の時間」「作家の時間」を中心にする風越学園では教科書をほとんど使っていないし、音読でもりんちゃんの持つ本をお借りしてるのだけど、考えてみるとここは教科書でもよかったよなあ、自分も執筆者の端くれなんだし…(笑)うん、いずれ様子を見てそうしよう。

音読から黙読への移行指導

さて、充実した本書の内容で、小学校高学年を教える僕が一番興味を惹かれたのが、「音読から黙読への移行指導」の話である。高学年はもう黙読に移行している時期なのだけど、中には、読む力が低かったり、注意力が散漫だったりで、一人で読むことが苦手な子もいる。そういう子は、リーディング・ワークショップでもなかなか入り込めない。

そういう子への指導に参考になりそうなのが、本書で提唱されている、高橋麻衣子さんの論文(後述)に依拠した、黙読につなげるための音読指導である。今自分が読んでいる箇所よりも先を目で見る「目ずらしの技術」は、黙読の際の眼球運動の練習になるし、そもそも「スピード」を重視するのも音読から黙読につながるだろう。スピード重視の音読指導が、「1分間高速読み」「15秒超高速読み」から「微音読」(唇は動かすが声には出さずに、心の中でだけ読み上げ)などのアクティビティに移行することで、自然と黙読に移行するように手立てしているわけだ。

こういう「音読から黙読への移行指導」は面白い。アトウェルのリーディング・ワークショップではこういう観点が見られなかったが、それは彼女が中学生を教えているからであり、小学校期には重要な手立てであるように思える。

関連文献の充実もありがたい!

最後に、とても大事なことだが、本書では、きちんと関連文献が提示されている。p54-58まで、やや小さい字で書かれている数ページは、本書の必読箇所の一つ。僕が読んだことないものばかりだが、中にはPDFで読めるものもあり、例えば、松浦年男「小学校国語科における音読教育の目的と効果 : 文献レビューによる検討」は、小学校国語科における様々な音読教育の事例を取り上げ、その目的と効果がどのように記述されているかを分析する。研究対象がCiniiで読める14本に限られているとはいえ、現代の音読教育の概観をつかむのに役立つ。

また、先述した高橋麻衣子「人はなぜ音読をするのか —読み能力の発達における音読の役割—」は、その名の通り、音読が読み能力においてどのような役割を果たすのかを、成人期と児童期に分けて研究した論文だ。土居さんの本のベースになっている研究の一つで、先行研究レビューの部分も含めてとても勉強になった。

  • 小学校低学年では読解よりも聴解が優位だが、中学年でその差が縮まり、高学年で逆転する。
  • 年齢が若い読み手や読解能力が低い読み手は、黙読よりも音読が理解を促進する。
  • 読解能力が低い読み手にとって音読の方が理解を促進する理由は、①音声フィードバック(読みあげられた声が聞こえる)があること、②構音運動(音読のために口を動かすこと)の効果、③認知資源が乏しい読み手でも音読によって確実に読解に必要な認知プロセスを遂行できること(例えば注意力が低い読み手でも、注意して読めること)、の3点である。

こういう重要な文献をきちんと提示して、それに依拠しつつ実践して書くことは、教師用の教育書としてとても大事なことだ。漢字指導の本や各学年の国語科指導の本など多作であるのに、そういうポイントをきちんと押さえて書いている著者には、素直に敬服するしかない。小学校の先生なのだから国語だけでなく算数や体育も教えているわけで、僕からすると化け物じみている。こういう優れた実践者が、世の中にはいるものなのだなあ。著作を通じて学ばせてもらえるのは、本当にありがたいことである。

この記事のシェアはこちらからどうぞ!