[読書]3歳までの「言葉がけ」の重要性。ダナ・サスキンド『3000万語の格差』

複数の知人から勧められてダナ・サスキンド「3000万語の格差」を読みました。3歳までを中心とする幼少期の言葉がけがその後の成長にいかに大きな影響を与えるかという研究結果に基づき、保護者や保育者の望ましい言葉がけのあり方について書かれた本。

目次

これは早期教育の本ではない

最初に、一番大事なことを書きます。この本は早期教育の本ではありません。「小さい頃からこういう言葉をたくさん浴びせるとお子さんの言語能力や色々な能力が伸びますよ」ということを主張していません。最後の解説で高山さんも書かれていますが、そういう誤解をされやすい本です。でも、違います。それでは、この本は何を主張しているのでしょうか。

ハートとリズリーの研究

この本は、1980年代にハートとリズリーが42家族の子供を対象に行った、子どもの語彙の発達に何が影響しているのかという追跡調査をベースにしています。そこで明らかになったのは、幼少期の家庭での会話の量と質が、9歳や10歳の言語スキルや学校のテストの結果に大きく影響していることでした。量は、多い家庭と少ない家庭ではその差が3000万語、会話の質についても、学力が高い層は肯定的・応援的な言葉がけをされていたそうです。

「3000万語イニシアティブ」プログラム

著者のダナ・サスキンドはもともと小児人工内耳外科医でした。人工内耳で聞こえを取り戻しても子どもの言語発達に大きな差が出ることから、その要因を探り、3歳までの幼少期の言語発達に関するハートとリズリーの研究にたどり着き、その重要性を確信します(ハートとリズリーの研究以外にも、なぜ3歳までの言葉がけが重要なのかについて、他の研究成果も引用されています)。そして、そこから著者が作ったのが、幼少期の言葉がけについて研究・実践する「3000万語イニシアティブ」プログラム。保護者たちを中心にした、豊かな言語環境を子どもたちのために作るプログラムです。

プログラムの柱は「3つのT」

この「3000万語イニシアティブ」プログラムの柱は「3つのT」です。

  • Tune in … 注意と体を子どもに向けること
  • Talk more … 子どもとたくさん話すこと
  • Take turns … 子どもと交互に対話すること

どんな時でもこの3つの原則を踏まえることで、子どもにとって豊かな言語環境を築くことができる。この本の第5章では、様々な具体例がこれでもかという具合に出てくるので、とりあえず子育てノウハウ本のように手っ取り早く実践を知りたい方は、第5章だけ読んでもいいかもしれません。

そして、ここまで読むとやはり早期教育の本っぽく思われるのですが、やはり違います。「3つのT」の最初の一つ目、「Tune in」は、「子どもの世界の見え方・感じ方を親も共有すること」であり「子どもの視線まで親が降りていくこと」だからです。決して「親の望むレベルに子どもを引き上げること」ではありません。子どもはなぜこのようにしているのか、子どもは何を感じているのか。そんなふうに子どもの関心まで親が降りてその観点から語りかける時、初めて、残り2つのT(たくさん話し、交互に対話すること)にも意味が出てくる。だから、子どものレディネスよりも早め早めに親の期待のレベルまで急がせるいわゆる早期教育とは、むしろ対極と言ってもいいのです。

でも、この最初のTune inはとても難しいなあ…。3歳までに限らず、それだよなあ…。

感じる訳者の静かな怒り

この本には、掛札逸美さん(訳者)と高山静子さん(解説)による丁寧な訳注や解説があるのも特徴です。保育に関わるお二人の言葉には、日本の保育環境の酷さについての静かな怒りが感じられます。とても大事な3歳までの言語環境を、今の保育では到底達成できない。その結果、多くの子どもの可能性が失われていることへの怒りです。とても丁寧で、誠意を感じる訳注と解説がついていて、ここもぜひ読んでみてください。

まだよくわからないところ

この本、まだ僕にはわからないところもあります。何より、元になっているハートとリズリーの研究が古すぎて、今の研究水準からはどう評価されているのか、素人の僕にはよくわかりません。有名なキャロル・ドゥエックやアンジェラ・ダックワースも引用されているのですが、こういう「一般受けする」本からの引用なのがかえって気になるところ。研究結果って、そう単純じゃないだろうなあとも思うので。この本、幼児や言語発達の専門家はどうレビューするのでしょう。

特に、この本では(元の研究がそうだから仕方ないのだけど)「3歳まで」を強調しすぎているようにも思います。「3つのT」自体はどの年齢の子どもを相手にしても大切そうに思えるのですが、本当に脳の可塑性が高い3歳までが、そこまで決定的なのでしょうか。個人的には、確かに保育園の年中さん(4歳)くらいから言葉遣いや読む絵本に差が出てきたなあとは思うのですが、就学前の時期が最も決定的だったら、学校の国語の授業に果たして何ができるのだろう、とも…

という感じで、色々と考えさせられる本でした。小さな赤ちゃんがいるご家庭はもちろん、保育士の方(というか、きっとその界隈では有名な本なのだと思いますが)、そして国語の教員をはじめとして言葉の教育に興味のある方は、一度は目を通しておくとよい本です。僕は読んで良かったので、お勧めします。

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