猪原敬介『読書と言語能力』(1)読書教育編の続き。この本の柱は「読書をすると言語力が高まるのか?」という問いに答えることなのだけど、その答えについてふれた下記エントリは、いわばミステリ小説の結末だけ明かしたようなもので、実際のこの本の中心はそこに至るまでのプロセス、研究の過程にある。
では「読書をすると言語力が高まるのか?」という問いに、どうやって答えれば良いのだろう。そのプロセスを理解するのは正直なところ僕には難しい。でも、この本は、非専門家にも研究の進め方をできるだけ平易に伝えようとしているので、わからないことが多いにしても、勉強になることも沢山ある。
そこで、今後の関連エントリでは、それを自分のためにまとめたい。実際に書いてみると1つのエントリではまとまらない量なので、数回にわけて書くことにした。先のエントリと異なり、今回以降の関連エントリの主な想定読者は僕自身。自分用のノートを公開しているようなものだ。
目次
因果関係に迫る2つのアプローチ
読書をすると言語力が高まるのか? この問いに答えるために筆者は2つの方法を用意している。1つはアンケート調査を中心にした教育心理学的な手法によって。これがこの本の第1部。もう1つは、読書をすると言語力が高まる仕組みのモデルをつくるという認知科学的な手法によって。これが第2部である。それぞれ、どのようにしてこの因果関係に迫ろうとしているのだろう。今回のエントリでは、比較的平易な第1部の研究のみ取り扱う。
アンケートで因果関係を推定する
第1部「読書と言語力についての教育心理学的研究」は、アンケート調査によって「読書をすると言語力が高まる」という因果関係に迫ろうとしている部分だ。しかし、アンケートでこの因果関係に迫るのは意外と難しい。「そもそもどうやって読書量を推定するのか?」「どうやって因果関係を推定するのか?」という問題があるからだ。それぞれについて見てみよう。
どうやって読書量を推定するの?
まず「読書量が多いほど言語力が多い」と言うために、そもそも「読書量」を推定するのが大変だ。読書量の推定には、主に以下のような方法があるらしい。
- 質問紙法
- 再認テスト法
- 学校図書館の図書貸出数
読書時間や冊数について直接参加者にアンケート用紙で尋ねる方法。簡便でわかりやすいが、「社会的望ましさ」による歪みが生じ、参加者が意図的に読書量を多めに報告する可能性がある。
知っている著者名や書名にマルをつけてもらう方法(リストには実在しない偽の著者名や書名も混ぜる)。近年は読書量推定の標準的方法になっている。故意に読書量を多めに報告することができないので、社会的望ましさによる歪みを回避できる。一方、このテスト結果と読書量その因果的つながりは明確ではない(読書量の多い者よりも記憶力の高い者が有利?)。
学校図書館での貸出冊数が多いほど読書量が多いと考える指標。社会的望ましさによる歪みを回避できる、記憶力の違いが影響しない、既に学校にあるデータで利用しやすい。具体的にどの本を読んだかは会うできるので読書内容と言語力の関係について分析が可能などのメリットがある。デメリットとしては図書館の環境要因に左右される。(他にも、学校図書館の貸出冊数と読書量の相関が明らかでないことや、データを用いる倫理的問題もあると思う)
以上のような指標を使って「読書量」を推定し、それをもとに読書量と言語力の因果関係を考えていくらしい。
どうやって因果関係を特定するの?
では、読書量の指標ができたとして、どうやって読書量と言語力の因果関係を特定するのか? その研究手法の解説が丁寧で面白い。
2つの指標の関係を調べるというとまずは両者に相関関係があるかを確認する「横断調査」がある。
- 横断調査
- 第三変数の統計的統制
- 縦断調査
- 実験研究
- 介入研究
参加者の読書量と言語力を同時に計測して、両者に正の相関関係があることを確かめる。これまでも非常に数多くの研究があり、メタ分析の論文もある。結果として、どの年齢でも、読書量と語彙力には正の相関関係がある。
しかし、横断調査だけでは、言えるのはせいぜい相関関係どまり。因果関係を特定するためには、以下の方法も合わせて研究に取り入れるらしい。
結果に影響を与えそうな変数を重回帰分析を行って統制する。これにより、両者の相関が擬似的なものではないことが言える。
因果関係の方向(どっちが原因でどっちが結果か)を確認するために時間的に差をつけて調査する。例えば、語彙力と読書量の調査を3年後にも行い、3年前の読書量と3年後の語彙力の間に相関があった時に、「3年後の語彙力が3年前の読書量に影響した」とは言えないので、その可能性を排除できる。
未知語(低頻出語や無意味語)を文章中に複数いれ、文章を読んだ後で未知語の意味を、読書量の差によって異なる群に分けられた参加者に問う。そして、未知語を実際にどの程度学習するのかを群ごとに比較する。
参加者に長期のプログラムに参加してもらい、前後で能力が向上したかを調べる手法。教育プログラムの効果という実践的な知見が得られる一方で、その効果が一体何によるものなのかが不明確になりやすい。
こうしてみると実にいろいろな方法がある。以上のような研究によって「読書によって語彙力が高まる」因果関係を推定しやすいようにしているのだ。因果関係の推定って大変なのだなあ…。
筆者たちの研究で用いられた指標
筆者たちが国内の小学校3校を対象に行った横断調査では、読書量の指標として、次の6つを用いている。1から4までは「読書質問紙」として一つの紙にまとめられ、それとは別に5としてタイトル再認テストを別に行い、さらにそれぞれの小学校の図書室より、図書貸出冊数のデータを入手したわけだ。
- 生活時間帯調査
- 活動選好調査
- 読書時間
- 読書冊数
- タイトル再認テスト
- 図書貸出冊数
また、読書量との関わりを考察する言語力の指標としては、「Reading-Test 読書力診断調査」(福沢・平山, 2009)を用いている。
筆者たちの研究結果
筆者たちは質問紙調査や診断調査の結果から得られる指標間の関係について、相関係数を出し、かつ多次元尺度構成法と呼ばれる方法を用いてこの関係を視覚的に把握している。それによると、どの学年にも共通する傾向として、以下の点が見られた。
- 語彙力と文章理解力は近い
- 読書時間と読書冊数は近い
- 生活時間帯調査と活動選好調査は近い
- 図書貸出数はどの指標とも一定の距離を取る(近い指標は存在しない)
- 語彙力と文章理解力と、タイトル再認テストも近い関係にある
- 読書時間と読書冊数のグループに、生活時間帯調査と活動選好調査のグループが比較的近い
ここでは、「近い=相関が強い」ということを意味する。また、これら6つの読書量指標と、2つの言語力指標(語彙力・文章理解力)の相関関係をまとめると、ほとんどの場合において、相関係数が.10を超える正の値となっていて、当初予測されたほど緊密ではないものの、下記エントリでまとめた通り、「読書量と言語力は正の相関をもつ」という結果が示されている。
個別の学校で見たときの結果の違い
ただし、面白いのは全体としてはそのようなことが言えても、参加した3校の個別でみると異なる結果も出るという点だ。学校や学年によっては、無相関や負の相関になる箇所もあるほどで、そのばらつきは大きい(筆者はその理由を指標ごとに考察しているが、長くなるのでここでは割愛したい)。
上記の様なプロセスを経て、ようやく本書第1部の結論となる。ここから言えるのは、
- 日本でも海外の研究と同じく、読書量指標と言語力指標の間には相関が見られる
- しかし、結果は読書量の測定方法や学校・学年によっても変動する
ということだ。僕たちが実際に読書を言語教育に応用する場合には、個々の学校や学年の違いに応じた介入方法を選択しないと、言語力向上の効果が期待どおり得られないかもしれない。その点は、実践する側としても気をつけないといけないことだろう。