以前に「書き手のタイプ」についてのエントリを書いたことがある。
そしたら授業の中で、ライティングを専門にしている先生からもうちょっと興味深い研究結果を教えてもらった。 元ネタはDaniel ChandlerのThe Act of Writingという本から。ただ、僕は現時点では直接は参照してない。
文学的な文章の書き手がとる4種類の戦略とは
チェンドラーは文学的な文章の書き手がとる戦略を4つに分類し、それをアカデミックな文章の書き手についてどの程度当てはまるかを調べたそうだ。
①建築家タイプの戦略
事前にプランニングして、セクションごとに書く戦略。
「プランニング→執筆→推敲」という流れで書く。
書き方よりも書く内容に意識を集中している。
書くことそれ自体で何かが報われるという感覚には乏しい、実利的な書き手。
②レンガ職人タイプの戦略
書いたものを一行ごと、段落ごとにひとつひとつ仕上げてから次に進む戦略。
書く前に内容が決まっており、書くことを考える手段とは考えていない。
書く途中で文章を「寝かせる」ことを重視する。
一度書き終えたら、もう推敲はしない。その時には完成している。
③油絵画家タイプの戦略
事前のプランニングは少しだけで、書いた後で頻繁に書き直す戦略。
自分が考えていることを理解するために書く傾向がある。
④水彩画家タイプの戦略
事前のプランニングはちょっと。いきなり書いて、推敲も最低限だけする戦略。
しばしば初心者の書き手がとる戦略だが、同時に熟達者でこの戦略を好む人もいる。「勢い」や「内からの声」にしたがって、計画せずに書いていく。
アカデミックな文章の書き手の場合はどうか?
そして、アカデミックな文章の書き手107名に対して、上記の中でよく採用する戦略を調べたところ、次のようになったらしい。
①建築家タイプの戦略:57名
②レンガ職人タイプの戦略:38名
③油絵画家タイプの戦略:33名
④水彩画家タイプの戦略:20名。
その他:15名
(合計が107を超えているのは、二つ以上の戦略を選ぶ人も多いから)
なお、①〜④の書き手は学術領域に関係なく広く存在するが、同時にどの学術分野でも①建築家タイプが一番多い。特にサイエンスでは①が多い。
このデータを見て面白かったのは、設計的に書く傾向がかなり強いと思われるアカデミックな領域の文章でさえ、③油絵画家タイプや④水彩画家タイプの戦略を採用する人が一定数いる、というところ。
おそらく、アカデミック・ライティングの授業では、①建築家タイプの書き方が「お手本」とされていると思う。実際、僕がこれまで読んできたアカデミック・ライティングの書き方本はほぼすべてこの戦略を採用している。でも、実際の文章の書き方は、必ずしもそうなっていない、ということだ。
教える側の都合と書き手の多様性のバランス
これはどう考えればいいのだろうか。もちろん一定数以上の学生に文章の書き方を教える上で「オーソドックスな書き方」があると、教える方も教わる方も便利であることも事実。また、自分がどのタイプの書き手なのかは実際にいくつか試して書いてみないとわからないので、その意味でも色々経験させることにも意味はある。だから、まず①を教える、ということ自体は間違っていない(その意味では①である必然性もないのだけど、多数派ではあるので)。
一方で、アカデミック・ライティングを教える側が書き手の多様性を無視して「教えやすい」書き方を教えているという面も考えられる。①をベースにしつつも個々の書き手が自分にあう書き方に出会えるようにするのが理想だし、少なくとも①だけが「正統的な」書き方であると学生に押し付けることは望ましくない。
一定以上の人数を相手に効率的に(教師の負担少なく)教えることと、個々の選択を尊重すること。そのバランス。 現場では、こういう「現実への折り合い」をどうつけるかというところが常に大事になるんだろうな。