ラーニング・ピラミッドは眉唾だ

アクティブ・ラーニングなどの活動型学習を推進する人が時々引用する図に「ラーニング・ピラミッド」がある。記憶の定着率をピラミッド形の図で表して、講義だと定着率5%、読むと10%、…体験型学習だと75%、他人に教えると90%、というもの。「だから講義ではなく、これからはチーム学習だ、アクティブラーニングだ」という文脈でよく引用される。下はまさにそんな文脈で引用されている某大学のウェブサイトの例。

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僕自身も、ごく大ざっぱに言えば「座って聞くだけよりも自分で説明したほうが身につくだろう」気はするのだけど、その上で、この図が流布することには問題点が多いと思っているので、整理のために自分の立場を書いておこう。

ラーニング・ピラミッドには根拠がない?

 

一番問題なのは、このモデルには根拠がないという指摘がなされていることだ。僕も最初にこのモデルを見た時に、数値があまりにきれいなのが怪しくて、引用していた本の著者に直接聞いたことがある。すると、はかばかしい返事が返ってこない。その後、ちょっと調べてみると、出典として「1960年頃までにNational Training Laboratoriesが考案した」「Edgar DaleのCone of Experienceがもと」などと言われていることがわかった。
 

しかし、Lalley, J. and R. Miller (2007). “The learning pyramid: Does it point teachers in the right direction?”によると(abstractがウェブ上で読め、またオーストラリアの教育学者David Jonesのブログで内容が簡単に紹介されている)、このラーニング・ピラミッドのもとになる信頼性のある調査は存在しないそうだ。なんと考案したとされるNational Training Laboratories自身、もとになる調査結果を持っていないとか。だから調査の詳しい方法もわからず、また、例えば結果項目の「Practice by doing」をどう定義したのかもわからない(もしご存じの方がいたら教えて下さい)。
 

ともかく情報源がこういう状況なので、「自分の教育信念にあうから」「自分の実感にあうから」「活動型学習を推進する上で都合がいいから」という理由でこのモデルを肯定的に引用することは、少なくとも僕にはできないし、リテラシーを教える立場からも、していいこととは思っていない。良くて「根拠になる調査の概要が確認できるまで保留」扱いかな。


誰にでも通用する学習方法がある?

また、もう一つ注意したいのが、このピラミッドは普遍的に優れた学習方法があるという前提で作られていることだ。僕自身は(今のところ)そのような前提に立っていない。学習者と文脈によって最適な学習方法は異なるだろうし、時には「講義」がもっとも良い学習方法になることもありうるという立場だ。


ラーニング・ピラミッドが好きな方には学習者中心主義を唱える方も多いのだけど、ちょっと意地悪く言えば、このラーニング・ピラミッドは、誰にでも通用する普遍的モデルを示そうとしている点で、全然学習者中心主義的ではない。たぶん、学習者中心主義をやろうとしたら、そういう方法で語れる枠から常にはみ出さざるを得ないんじゃないか。

とりあえずの扱いかた


 

ラーニング・ピラミッドは、もう50年以上も昔の、しかも根拠がないという指摘がなされている「モデル」だ。話としてはまあ面白いし、アクティブラーニングを推進したい人には都合がいいし、そういう人の実感を支えてもくれるけれど、「せいぜいその程度のもの」として扱うのが妥当かな、と思う。 

(2015/7/15)追記
  

続・ラーニング・ピラミッドは眉唾だ

2015.07.15

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7 件のコメント

  • 渡邉さん、ありがとうございます。実際、もとの情報が何でどういう研究に基づいていたのか、見てみたいものですね…。

  • NPOで「認知症予防」に取り組んでいる小貫です。
    認知症予防を企画実施していると「エビデンスはあるんですか?」とよく聞かれます。
    認知症予防など、過去を含めた個人の全生活が関わってくるプログラムでは、「科学的なエビデンスは取れません」と答えています。
    この認知症予防活動の監修をお願いしている筑波大学の田中喜代次先生も「認知症のエビデンスは一卵性双生児をコントロールしなければ取れない」という見解です。
    アクティブ・ラーニングもしかりで、私もそういう視線で先生のフェースブックを拝見しました。そのような前提に立てば、この定着率のピラピッドは面白いと思いました。
    ありがとうございました。

  • 小貫さん、コメントありがとうございます。急にこの記事へのアクセスが伸びたので驚いています。
    小貫さんのスタンス、素晴らしいですね。僕自身も根拠がないものをきちんと明言して使うのは「あり」だと思います。「実感としてわかるでしょ?」 とか、「自分は教えていてそう感じる」とか、いろいろな紹介の仕方がありますよね。上の記事で書いたように、僕自身も「ごく大ざっぱに言えば」当てはまる気はしているので。(実際には、生徒の特性によって色々なタイプがあると思いますが)
    また、もともと教育は変数が多すぎて自然科学的な(実験的な)アプローチが取れない分野なので、根拠が乏しいことそれ自体は仕方ないことだとも思います。
    ただ、このラーニング・ピラミッドの問題は、出典があやふやなものを、いかにも科学的な装いで他人を説得しようとしているところかと思います。アクティブ・ラーニングを実践している方こそ、アクティブ・ラーニング自体への信頼性を落とさないためにも、このラーニング・ピラミッドの扱いには慎重であった方が良い気がしています。

  • 突然の投稿失礼します。
    このラーニングピラミッドの元ネタは多分視聴覚教育の教授のデール氏の経験の円錐だと思います。
    しかし誤解しては欲しくないのですが彼が本当に言ったのは定着率云々などではなく
    このピラミッドを通して体験などの具体的な知識から言語などの抽象的な知識へと「概念化」していく過程を表すために作ったものです。
    彼はこのピラミッドを通して当時(彼は結構昔の人物です)まだあまり使われてなかった視聴覚教育の重要性を説いたというのが真実です。
    一応参考になれば。

  • デールのCone of Experienceの背景について教えてくださってありがとうございます。当初の彼の目的と違う文脈で使われるようになったということですね。もしそのあたりのことを確認できる資料をご存知でしたら教えていただけないでしょうか? (話がずれますが、作文教育でも、結構昔のモデルが今でも援用されていて大丈夫なのかなと思うことがあります…当時と違う文脈で用いられるということはありそうですね)

  • その後、aaさんから頂いたコメントを転載します。

    1)
    日本語ではこれが多分精一杯です。
    http://current.ndl.go.jp/node/25242
    原著Audio-Visual method in teachingを見るのがいいかもしれません(かくいう私は見たことないんですが)

    2)
    アメリカの教育学者エドガー・デールEdgar Dale(1900―1986)は、言葉による教育効果をより高めるために非言語教材が利用されるべきであると考えた。そこで、言語教材と非言語教材の双方を含む「おのおのの抽象的表現は結合されなければならない」(Audio-Visual Methods in Teaching, 1946)とし、「豊かな学習経験」という考えを基盤として、教育・学習経験を分類した「経験の円錐(えんすい)」Cone of experienceの考え方を提唱した。
    (日本大百科全書より)

    3)ここからは私の個人的意見ですけどデールの経験の円錐ももともとの意図でもアクティブラーニングの一根拠とすることはできるんじゃないのかなと思うんです。
    アクティブラーニングも学び合う、教えあうという体験を使った視聴覚教育という考え方もできるからです。
    まあ視聴覚教育自体そうとう日本教育に浸透してるので(実際はよくわかりませんが…)いらないかもしれませんが
    視聴覚教育としてのアクティブラーニングなんかも面白いのかなぁとも思ったりします。