[読書]服部真里子『行け広野へと』

勉強会で知った「駅前に立っている父 大きめの水玉のような気持ちで傍へ」というほんわかした歌と、若い世代の歌人というところがなんとなく気になって、第一歌集を買ってしまった。瀟洒な装丁の素敵な歌集。「あとがき」によると、作者が19歳から27歳までの間に作った歌を選んだらしい。

行け広野へと (ホンアミレーベル)
服部 真里子
本阿弥書店
2014-10



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帯に「はるかなるものへの希求」とあるけれど、たしかに、どこかしらそんな雰囲気を感じさせる。他に読み方を知らないので、例によって好きな歌をただ並べてみる。

 冬の終わりの君のきれいな無表情屋外プールを見下ろしている
①春に眠れば春に別れてそれきりの友だちみんな手を振っている
②前髪へ縦にはさみを入れるときはるかな針葉樹林の翳り
 洗い髪しんと冷えゆくベランダで見えない星のことまで思う
 雪は花に喩えられつつ降るものを花とは花のくずれる速度
 花曇り 両手に鈴を持たされてそのまま困っているような人
 春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる
③どの町にも海抜がありわたくしが選ばずに来たすべてのものよ
 光にも質量があり一輪車ゆっくりあなたの方へ倒れる
 フォークランド諸島の長い夕焼けがはるかに投げてよこす伊予柑
 海を見よ その平らかさたよりなさ 僕はかたちを持ってしまった
 走れトロイカ おまえの残す静寂に開く幾千もの門がある
 感覚はいつも静かだ柿むけばはじめてそれが怒りと分かる
 おだやかに下っていけり祖母の舟われらを右岸と左岸に分けて
 少しずつ角度違えて立っている三博士もう春が来ている
 感情を問えばわずかにうつむいてこの湖の深さなど言う
 どの魚もまぶたを持たず水中に無数の丸い窓開いている
④神様を見ようと父と待ち合わせ二人で風に吹かれてすごす
 青空からそのまま降ってきたようなそれはキリンという管楽器
⑤けれど私は鳥の死を見たことがない 白い陶器を酢は満たしつつ
 新年の一枚きりの天と地を綴じるおおきなホチキスがある
 冷たいね 空に金具があるのならそれに触ってきた表情だ

 
 ①「春に別れてそれきりの友だち」が「みんな」と呼ぶ程にいて、彼らと眠りの中だけで再会するというのが、なんとなく寂しくさも感じさせて好き。
②はさみを入れる時の指に挟まれた前髪と、針葉樹林の立ち並ぶ姿を結びつけるところがすごい!ふっといきなり遠いところに連れて行かれるような。
③語り手は色々な所を旅してきたようだ。その中で、たくさん、断念を重ねてきたのだろう。「海抜」は何かから遠く離れている語り手の立つ場所を感じさせる。
④こんなこと娘とできちゃって、お父さん幸せだろうな。うらやましい!
⑤冒頭の「けれど」がとても力を感じさせる。「死」という言葉と、後半の「白い陶器を酢が満たす」間にも、何かつながりを感じてしまう。 

いやあ、歌人とはすごい人。 ほんと、どうしたらこんな言葉を紡げるのだろう。素人なりに、いつか一つでもこんな歌を詠めたらいいなあ。

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