[読書]「創造は模倣」から導かれる、「作家の時間」の参考になる10の原則。オースティン・クレオン『クリエイティブの授業』

「作家の時間」の実践者や吉田新一郎さんに勧められて、オースティン・クレオン『クリエイティブの授業』を読んだ。原題Steal Like An Artist: 10 Things Nobody Told You About Being Creative(芸術家のように盗め:誰も教えてくれなかった、創造的であるための10の原則)が意味するように、「創造性」の根幹に「他者の表現を真似すること」を置いている本だ。他にも、「作家の時間」にも共通する要素がたくさんあり、僕の場合特に「ライティング・ワークショップが本来の意味で『ワークショップ』であるために必要な環境とは?」について考えさせられた。忘れたくないので、ここにメモしておく。

目次

創造的であるための10の原則

まず、この本の副題にある「誰も教えてくれなかった、創造的であるための10の原則」は以下のようなもの。まあ、よく言われていることも入っているけど、そこはご愛嬌ということで…。

  1. アーティストのように盗め
  2. 自分探しは後回し
  3. 自分の読みたい本を書こう
  4. 手を使おう
  5. 本業以外も大切に
  6. いいものつくって、みんなと共有
  7. 場所にこだわらない
  8. 他人には親切に(世界は小さな町だ)
  9. 平凡に生きよう(仕事がはかどる唯一の道だ)
  10. 創造力は引き算だ

基本的に、「なるほど!」と驚くより、「そうだよねえ」と共感を持って読む章が多い。「作家の時間」と「読書家の時間」の教師としての僕が、「読んだものから真似をしよう」と常に呼びかけている人間だから、まあ当然でもある。例えば、「②自分探しは後回し」では、

誰もスタイルや個性を持ったまま生まれてくるわけじゃない。自分が誰だかわかって生まれてくるわけじゃない。僕たちはまず、自分のヒーローのまねから始める。”コピー”して学んでいくわけだ。(p41)

と、あるが、本当にそのとおりだな、と思う。これは単に技術を真似する話だけではない。「自分が何者か」という問いは大きすぎ、重すぎる。でも、自分の好きな対象には、それが好きである以上、すでに自分は存在するのだ。自分の好きなものは、自分を映す鏡のようなもの。だから自分が好きなものを真似していけば、そこには自分が現れてくる。

また、「⑩創造力は引き算だ」では、これも僕の関心事である「自由にするための制約」の話が書かれている。「作家の時間」が創作の授業だから当たり前かもしれないが、総じてこの本には「作家の時間」の参考になる話がとても多い。

作家ノートについての本でもある

最近の自分の関心に引き寄せて言うと、この本は、作家ノートについての本でもある。「①アーティストのように盗め」では、

どこにでもノートとペンを持ち歩こう。何かあるたびにノートを引っぱり出して、考えたことや見たものを書き留めよう。気に入った本の一節を書き写そう。盗み聞きした会話を記録しよう。電話中に落書きしよう。(p29)

と書いてあるし、「④手を使おう」では、より明快に、パソコンに対する紙とペンの優位性を主張している。

  • 僕もパソコンを愛用しているけれど、パソコンはモノづくりの感覚を奪う。ひたすらキーボードを打ち、マウスのボタンをクリックしている気分になる(p61)
  • パソコンはアイデアを編集するにはいい。アイデアを世に送り出す準備をするにもいい。でも、アイデアを生み出すのには役立たない。デリートキーを押す機会が多すぎる。パソコンは僕たちを完璧主義者にする。アイデアが浮かぶ前から、アイデアを編集してしまうことになる。(p66)
  • 「いったんパソコンの前に座ると、完成にしか向かう道はない。だが、スケッチブックの中なら、可能性は無限だ」(p66: 漫画家のトム・ゴールドの言葉)

こうした指摘は、デジタルに対するアナログの強みを、あらためて僕たちに教えてくれるはずだ。

創造性を刺激するのはどんな環境?

そして、この章で一番面白かったのが、筆者が参加していた文芸表現のワークショップの話だった。そのワークショップでは、必ず決まったフォントで一行置きに文章を書かないといけなかったそうだ。筆者はそのせいでろくなものが書けず、書くのが急につまらなくなったと言ったあとで、詩人のケイ・ライアンの言葉を引用している。

「文芸表現などという科目がなかった昔の時代は、ワークショップといえば、たいがい地下にあって、縫い物をしたり、ハンマーを打ったり、ドリルを使ったり、かんなをかけたりするような場所だった」(p65)

これは、なるほどー、と思った。僕がやっている「作家の時間」(ライティング・ワークショップ)は「ワークショップ」(工房)を名乗る実践だが、その場に本来のワークショップ的なもの、つまり、手にとって実践形式で試行錯誤できる道具や素材が、どれほどあるだろうか? 図書館の中で、子どもたちが全員Chromebookに向かって作業している擬似的な「ワークショップ」は、本当にワークショップの名に値するだろうか? 例えば、書きやすいペン、ハサミ、アイディアを出すための様々なツール、過去の作品などなど、「ワークショップ」の名にふさわしいモノや素材が、そこには全然ないのである。特定の「教室」がないから環境構成ができないままだったのだが、それによって失われる可能性もまた大きいのだな。「作家の時間」を本当の意味で「ワークショップ」にするには、子どもの創造性を刺激するどんな道具や素材がそこにあるといいのだろう。それは、書くことにおいてデジタルとアナログをどう共存させるか、という問いにもつながってくる。風越のものづくりの拠点である「ラボ」と同じように、「作家の時間」「読書家の時間」の拠点になる場所のデザインを考えてみたい。

作家の時間の参考になる本

というわけで、作家の時間について参考になることが多い本だった。この本、『クリエイティブを共有』『クリエイティブと日課』と続いたシリーズになっていて、そっちも手にとってみたいな。いつか読んでみよう!

 

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