授業の「方法」の良し悪しを超えて、「原理」と「文脈」を見ていくことの大切さ。

5月の末に、また石川晋さんにリーディング・ワークショップの時間に来てもらった。今度は、学芸大の院生さんや、ちょうど本校に来ていた教育実習生さんたちも含めて7名。事後振り返りの時にいくつかトピックがあったのだけど、一番大きなトピックだったのは「個から協働か、協働から個か」という話。今回はそれに絞って書いてみたい。

目次

「あぜんとするほどの個人主義」

「あぜんとするほどの個人主義」。これは今回、授業を見てくださった石川さんから出てきた言葉だ。僕のリーディング・ワークショップは、淡々とした個人読書が中心にある。それを受けて、今回の振り返りでは、個と協働の関係が焦点になった。

石川さんによると、多くの実践は、クラスの協働的活動をベースにして、その中で個人が安心して活動できるようにしていくそうだ。例えば、ライティング・ワークショップでも、小学校を中心に行われている「作家の時間」実践では、クラスの協働的な関係を作っていく中で、個人が自由に活動できる場を作っていく。それに対して、僕のライティング・ワークショップは個人であることが当たり前の前提で、ベースは個人の活動にあり、その向こうに時々協働的活動がある。石川さんはこんな風に僕の授業を他の授業と対比させていた。

もっとも、僕の授業がそうなっているのにはいくつか理由がある。もともと僕がモデルにしているナンシー・アトウェルのライティング/リーディング・ワークショップが、個人の活動を重視していること。勤務校が自由で個人主義的な校風であること。そして僕自身もこの学校で育っており、その価値を内面化していること。他にも、小学校と中学校という校種の違いもあるだろう。

「共有しない権利」

こうした違いを象徴するのが、「共有しない権利」の存在だ。僕のライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップでは、「自分の作品を他の生徒に見せない権利」「読んだことを黙っておく権利」があること、すなわち「共有しない権利」があることを明言している。それによって共有することのプレッシャーから生徒を解放し、安心して読み、書ける環境を作ろうとしているのだ。

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一方、他の方のライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップで(とりわけ小学校の実践で)、「共有しない権利」を重視している話は聞いたことがない。むしろ、共有を奨励し、ライティングではファンレターを書いて温かなフィードバックを送り合い、「作家の椅子」に座ってみんなの前で発表もする。

石川さんもおっしゃっていたが、中学校のライティング・ワークショップで「作家の椅子」を使うなんて、僕にはちょっと想像もできない…。

「個か、協働か」?

さて、この違いを、僕はどのように考えたら良いのだろう。振り返り以降、この問題について考えていた。「書き手の個の自由」を、協働の場を前提として徐々に確立するのか、まず書き手の個の自由が天賦のものとして存在し、その自由な書き手同士が必要に応じて協働するのか。どちらか。どちらもなのか。

石川さんにも、そして見学者の『学び合い』実践者の方にも言われたのが、「この学校の生徒は個々の能力が高いので、このやり方が合うのではないか」ということだ。同時に、「でも、学力的に厳しい子は、周囲とのつながりの力を使って学びに向かわないと、将来的にもしんどい」ということもセットで。でも、本当にそうなのだろうか。そんなことが気になっていた。

苫野一徳さんの教育哲学に沿って考えてみる

そのことを考えるために、ここ数日読んでいたのが、僕が共鳴する苫野一徳さんの本である。これらの本を参照しながら、この問いについて考えてみたかったのだ。

それで、だいぶ指針がはっきりしてきたので、以下はそれについて書いてみたい。

「自由の相互承認」という社会の構成原理

苫野一徳さんによれば、人はもともと、自分を規定する制約の中で、自己の選択・決定可能性を感じようとする(=生きたいように生きようとする)。現実には「全く制約がない状態」(=「〜からの自由」が満たされる状態)など存在しないのだから、自由とは、ある決まった「状態」ではなく、諸個人が「実感」として感じるものである。そして、この、各人が自由を実感するための根本条件=社会の構成原理が「自由の相互承認」という原理。そうでないと、私たちは自分の自由を求めて承認のための戦いを続けなくてはならないから。

「自由の実質化」を促進するために

このことを踏まえて、苫野さんは、教育の正当性を次の3つの力能を身につけ、全ての人の自由の実質化を促進していること(=一般福祉の原理を満たすこと)に求める。

  1. 諸基礎知識
  2. 学び(探究)の方法
  3. 相互承認の感度

個別の授業方法の良し悪しは、その方法がこうした3つの力能を育み、自由の実質化を促進する方向に向かっているか、という観点から判断されるのだ。

「どちらが正しいか」という問題ではない

この観点に沿って自分の授業を振り返ってみると、「個から協働か、協働から個か、どちらが良いのか」というのは適切な問いの立て方ではないことがわかる。問われるべきなのは、教育が自由の実質化を促進しているかどうか。言い換えると、諸知識や探究の方法を学び、相互承認の感度を高めるものになっているか、である。

「共有しない権利」を示すことが適切である条件

例えば、「共有しない権利」を含む「読者の権利10か条」「作者の権利10か条」を示すのが適切かどうかも、その教室の文脈に応じて決まる。「共有しない権利」を理念として示すことは、そこに参加する書き手の自由を保証し、その中で知識や学ぶ方法を身につけることを意図している。これは、生徒の自己の選択・決定可能性を高める点では正当化される

しかし同時に、この「共有しない権利」を理念として(まるで天賦人権のように)示すことは、書き手たちの「自由の相互承認の感度」を高めることには、あまり役立たない。お互いの自由に配慮して交渉する必要がないからである。

その感度を高めたいのであれば、どこかで、教師が理念として「共有しない権利」を「与える」段階から、自分たちで利害調整して「共有しない権利」(またはそれに代わる権利)を「生み出す」段階に向かわなくてはいけない。おそらくこのようなビジョンのもとで、ある一時期のあいだ実践する限りにおいて、「共有しない権利」を示すことは正当化される。

もちろん、「共有しない権利」を最初から示さず、自分たちで書き手・読み手としての自由を相互承認するルールを最初から考えさせても良い。しかしその場合は、書き手・読み手の自由の実質化が当初からある程度保たれるような手立てが、別に必要になるかもしれない。

問われるべきなのは「文脈における妥当性」だった

結論は単純なことだ。「個からスタート」も「協働からスタート」も、もっと具体的には「共有しない権利」も「作家の椅子」「ファンレター」も、それ単体で良し悪しを論じることはできない。それらは、教育の目的(=個人と社会の自由の実質化のための力能の形成)に対して用いられる実践の方法の一つに過ぎず、それらの評価は、次のように、あくまで文脈において吟味されないといけない。

  1. いまこの時点において、この実践の方法を用いることが、教育の目的(自由の実質化を促進する力能の形成)にどのように貢献するのか
  2. なぜその方法が、今のところは教育の目的に貢献していると言えるのか。その方法を効果的にさせている現在の文脈とは何か
  3. この方法が、教育の目的に貢献しなくなる文脈があったとしたら、それはどんな文脈か。どのように条件が変わった時に、この方法よりも(あるいは、それとともに)別の方法をとるべきなのか

例えば「共有しない権利」を例にとれば、それ自体の良し悪しを気にするのではなく、

  1. いまこの時点において、「共有しない権利」を理念として示すことが、教育の目的(自由の実質化の促進)にどのように貢献するのか
  2. 「共有しない権利」を示すことが教育の目的(自由の実質化の促進)に貢献しているのはなぜか。どういう文脈・条件が、「共有しない権利」を(今のところ)有効な教育方法にしているのか
  3. 「共有しない権利」を示すことは、どういう文脈において、教育の目的(自由の実質化の促進)にあまり貢献しなくなるのか。そのように文脈が変化した時に、起こすべき次のアクションは何か。

という点をこそ気にすべきなのだ。

なんだかとっても当たり前の話だけど…

今回の話、要するに、「いつでもどこでも絶対的に「良い」方法なんてないよ、それは文脈に依存するよ」という当たり前の話である。授業を見にきてもらって、本を読んで、それでたどり着いたのがこんなに当たり前の結論かあ、と思わないでもない(笑)

まあでも、自分では勉強になった。言うのとやるのは大違いだし、知っててもできてないことはたくさんある。僕はこの「原理」と「文脈」を意識すること、全然できてない気がする。つい「共有しない権利を示すのは良いか悪いか」「作家の椅子を使うのは良いか悪いか」という思考法に陥るし、自分の経験にとらわれて実践の「方法」の良し悪しを判断してしまう。

でも、「方法」はそれ自体では意味を持たない。大事なのは「原理」。そして、見落としがちなのは「方法」が「原理」に適応しているかを条件づける周囲の「文脈」なのだ。「方法」よりも大事なのは「原理」と「文脈」。少しでもそれを意識できるように、自分に言い聞かせよう。

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