軽井沢風越学園といえば、その大きな外見的特徴は、やはり森に囲まれた校舎にある(森をはじめとした外環境ももちろん素晴らしいのだが、僕が何かを語れるほど理解を深められていないので、今回ははぶく)。僕自身もそうだったが、初めてこの校舎に来た人は、大抵その開放的な構造と、中心となるライブラリに美しく配置されたたくさんの本棚に目を奪われ、「素敵ですね」と感嘆の声をあげる。それはそれで「そうでしょ?」と誇らしい気持ちになるし、ごく稀に、おそらくたくさんの学校を見学されてきた方がちょっと違う反応をするのも、「おぬしやるな」的な感じで楽しい。
校舎と人の動きとカリキュラム
実のところ、風越学園の良いところも難しいところも、この校舎が生みだす部分が大きい。開放的な校舎、流動性の高い大人と子どもの動き、流動性の高いカリキュラム、、それらが一体となって、広い意味での「カリキュラム」を、すなわち大人と子供の経験の総体を作っている。そしてそれを一番下で支えているのは、やはり人間の動きを規定する校舎の構造なのだ。子どもたちが校舎の中を走り回って遊んでいる姿も、ちょっとした時間にスタッフがよくおしゃべりしている光景も、すべて人間を動かし、未知のものと偶然的に出会わせる校舎の構造が生んでいる。もちろん、いいことばかりではない。子どもが気が進まない授業からは逃げられてしまうことも、常に何か起きて人と出会えてしまうがゆえにスタッフにとって風越がタフな職場になることも、校舎の構造が一因だと僕は考えている。正負いずれの面にせよ、環境の持つ影響の大きさを、僕は風越学園に来て、初めて強く自覚した。それまでは、似たような画一的な校舎や教室でしか過ごさなかったので、それが持つ力に自覚的になれなかったのだ。
校舎とうまくつきあう
こうした校舎の構造に逆らっても良いことはない。コロナ禍の開校2年目2021年、子どもたちの接触を減らすために、風越学園では校舎内にバリケードを築き、異学年の交流をできなくした。今思えば、あの時期が一番苦しい時期だったと、当時を知るスタッフは誰もが言うだろう。その原因は様々にせよ、その一つが、コロナ対策で仕方ない面はあったにせよ、僕たちが校舎の構造に逆らおうとしたことにあったと考えている。当時、学園内で頻発する様々なトラブルに、なぜそうなのかを考え、仙田さんの本『遊環構造デザイン』にそのヒントを得たことが、僕にとって非常に大きな経験だった。
学園全体としても、開校3年後に卒業式を迎え、その姿にこれでいいんだとスタッフも安心できたことで、だいぶ楽になったと思う。僕たちはその後この校舎に「逆らう」ことをやめている。風越学園のカリキュラムや人の動きは、この校舎という器の中にある。僕自身もこの校舎や環境とどう付き合っていこうか考え、国語の授業の中でも、窓に子どもたちの選んだ名詩を書いたり、テラスや森の中で読書する日を作ったりした。
「歴史」のくさびを打ち込む
とは言うものの、一方で、僕自身はこの校舎に小さく「逆らう」ことも続けていた。2022年頃から、僕はこの校舎とどう付き合っていけばいいかを考えていたのだが、気になっていたのは流動性の高さの副作用だ。こんな風に流動性の高い構造の校舎では、多くのできごとが流れていってしまう。子供たちのプロジェクトは生まれては消えていくし、大人たちのテーマプロジェクトも毎年作り直しだ。学校行事のスポーツフェスティバルだって毎年必ずあるとは限らない。一言で言うと、風越学園には「歴史」がない。時間の継続性や積み重ねを象徴するものが少なすぎるのである(誤解ないようにいうと、全くないわけではない)。もちろんそのことの良さもある。よくわからずに毎年そこにある伝統行事に縛られて、新しいものを生み出しにくい学校を経験したことのある同業者は、その開放感がわかるはずだ。しかし一方で、積み上げるものがないことは、世代を超えて続く集団の本来のあり方ではない。どんな国もまずやることは、その成立と権威の由来を語る歴史書を作ることである。何でも流れていきがちなこの校舎の中で、人間がそれに逆らって意識してやるべきことは、流れの中にくさびを打ち込み、歴史を作ることだと思っていた。
幸い、僕は結果的に2021年から退職する2025年度まで、ずっと56年ラーニンググループに所属していた。まるで定点観測するように、同じ場所、同じ学年で過ごしていたので、「歴史」を作りやすい立場でもあった。だから風越のキャリアの途中から僕が力を入れていたのは、自分が国語授業を担当する部屋(R00/赤床)に歴史を感じさせるものを作ることだった。1年間発行し続けてきた国語教室通信を一覧にして壁に貼る。過去に出版してきた作品集を棚に並べる。先輩たちの作家ノートを額に入れて絵のように飾る。歴代の「書き出し選手権」の優勝作品を窓に貼る。過去の有名な書き手の言葉を部屋中に散りばめる。そうやって「歴史」を感じさせる空間を作ることで、先人たちが蓄積したものを受けて、自分がここにいる感覚を表現したかったのだ。もちろん、僕一人でできたことではない。心から尊敬できるラボのスタッフたちの助けを得て、少しずつそういう空間を作ってきた。協力してくださった皆さんには本当に感謝している(退職時にその歴史を消さなくてはならなかったのは、そもそもの意図を考えると少し残念ではあったが、でも、辞めるとはそういうことだ)。
次の環境にも活かしたいな!
風越学園の環境は本当に面白い環境だ。普通にやろうとすると困ったこともたくさんあるが、それも含めて環境である。この校舎の持つ美しさを十全に生かすには、今ここで起きていることに目を向け、何がそうさせるのか考え、目指す風景を実現するにはどうしたらいいかを考えるしかない。環境の中で生きているという当たり前のことを、僕はこの年齢になってようやく自覚できた。
次の職場はまた全く違う環境である。どちらかといえば、風越のようなきわだった特徴のない、「普通」の場だ。しかし、当たり前だが、僕が無自覚だっただけで、どんな場にも環境の持つ力は働いている。風越での経験を経て、これから働く環境を見る僕の目は少しはましになっているはずだと思う。新しい環境で人がどう動くのか、何ができるのか考えることに、この6年間の経験を活かせるといい。


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