今日はTwitter(X)でつぶやいたことからのエントリ。僕の勤務先(福山平成大学)での主な仕事の一つは初等国語や初等国語科教育法という授業で、教科書を使っての国語の指導法を、講義や模擬授業を通して教えることにある。筑駒でも風越でもあまり教科書を使わなかった僕だけに、いまさら勉強になることも多い。今日はそこから、説明的文章を読むことについてのエントリ。
「はじめ・なか・おわり」「頭括型、尾括型、双括型」
説明的文章を読む授業というと、どんなイメージがあるだろう。段落分けとか、問いと答えの対応とか、指示語とか、要約とかのイメージを持つ方が多いんじゃなかろうか。そういうなかで、僕が批判的印象を持つものに「はじめ・なか・おわり」とか「頭括型、尾括型、双括型」という、文章の構成についての知識がある。
率直に言って、この概念を導入することによるメリットよりもデメリットのほうが大きい気がするのだ。問題提起の文章と結論の文章があるなら、それを「はじめ」「なか」「おわり」と分類せずとも、最初からそう言えばいいし、「頭括型、尾括型、双括型」にしても、そういう区分が通用してわかりやすい文章もあるが、そうでないものもある。というか、そんなものを意識して文章を書く書き手はいない。あくまで目安なのだ。
その目安にすぎないはずのものが、いつの間にか授業の目的にすり替わって、「第3段階ははじめかなかか、どっちだろう」のようにえんえんと正解を決めようとしたり、最終段落に結論があるわけでもない文章を、無理に結論の意味段落の幅を広くとって「双括型です」と結論づけるような授業を見ると、「どっちでもええやん…」な気持ちになってしまう。
意味段落も、論理展開の目安にはなっても、「意味段落は全部で何個か」みたいな議論にはあまり意味はないのに、「5個と4個どっちだろう?」で議論が白熱?する授業を見た経験も一度や二度ではない。もちろん議論そのものは本文に返って構成を考えるきっかけになるけど、ありもしない唯一の正解を決める議論で授業時間が長引くのはどうなんだろう….と思っていた。
もちろんこういうのも僕の浅慮で(あるいは筑駒のような優秀な生徒を相手にしていたからで)、すぐれた先生たちが説明文指導の本でもこれらの概念を重要と捉えているのを見ると(例えば下記の土居正博さんの本)、僕が気づいていないだけの、これらの概念が授業中で果たす機能は何かしらあるのだろうなとは承知している。とはいえ、そこに個人的な実感はないので、どっちかというと「説明文読解にどうしても必要というよりも、それを扱っておけば『教えた』気になれる、先生用の便利なパッケージなんじゃないの?」と斜めに見ていたのは事実だ。
なんと1909年の本にあったらしい!
….と、ツイッターでつらつらとつぶやいていたところに、ある方が『国語教育指導用語辞典』第5版をもとに、この「頭括」「尾括」「双括」の語は、五十嵐力『新文章講話』(1909)で示されているらしいと教えてくださった。
へー! 思ったよりずっと古い。さっそく近代デジタルライブラリーを探したら、1916年の第7版が見られる。そして、第三編「文章組織論」の第二章「文章組織の形式」(p480-)に、たしかに「頭括」「尾括」「双括」があったのだ。
『新文章講話』における文章の5つの型
そして面白いことに、ここでは「頭括式」「尾括式」「双括式」は、①(韻文を除いた)あらゆる文章の形式の、②「追歩式」「散叙式」を加えた5つある型のうちの3つなのである。
単に論文や弁説に限らず、あらゆる種類の文章を取り統べて考へると、吾等は文章の形式を凡そ五種位に分けられさうに思ふ。第一は追歩式、第二は散叙式、第三は頭括式(又は前括式)、第四は尾括式(又は後括式)、第五は双括式。(p484)
たしかに例文を見ると、「頭括式」の例には徒然草が、「尾括式」の例には手紙が、「双括式」の例には孟子が使われている(追歩式は雨月物語、散叙式は枕草子)。いまとジャンル意識がだいぶ違うのだ。そして、それぞれの型の説明をしたあとで、次のように述べている。
右に挙げた体製五形式の中、最も穏健にして最も多く用ゐらゝもの、従つて初学の採るべきものは、第一の追歩式と第五の双括式とである。追歩式は記実文、叙事文に適し、双括文は論文に適する。其の他の三種はいづれも並はづれの曲ものといふ趣があり、大才が特殊の場合に使ふべきもので、初学の濫用すべきものではない。(p491)
ここでは、「追歩式」「双括式」が初心者向けとして学習が奨励され、「頭括」「尾括」を含むそれ以外は「大才が特殊の場合に使ふべきもの」とかなり限定されている。
この章だけを読んだ限りの印象だが、どうもこの五つの分類は筆者の考案のようだ。後ろの章には西洋の習字学の伝統を解説する章もあり、そういう知識もふまえての分類だと考えられる。この五十嵐氏、僕が無知なだけでこの分野では非常に有名な方らしく、ウィキペディアには「日本の近代修辞学史上、最も多くの修辞学関係書を著した人物」などとも書かれていた。
ここからどうなっていくのだろう?
ともあれ、こうやって100年以上前に、「(説明的文章に限らず)文章全部の形式」の五種類のうち三種類として存在した「頭括式」「尾括式」「双括式」は、このあと、どんな道のりをたどって「説明的文章」の「基本的な形式」として語られるようになるのだろう。まったく興味のなかったこの3つの形式に、にわかに興味がわいてきたぞ。僕が知らないだけで、きっと、どこかですでに研究されているはずだ。ご存じの方がいたら、ぜひ教えてください!
おまけ:それ以外にも興味深い話題が….
僕が意味段落やらパラグラフライティングやらについても適当につぶやいていたら、(それと連動したのかそうでないのか)、いろいろなところで関連した投稿を見たので、自分の勉強用にメモっておきます。

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