根強い「学校図書館=自習室」という慣習

ロカルノさんがご自身のブログで、学校図書館でライティング・ワークショップをやろうとしたら同僚からこんなことを言われた…という話を書かれていた。いや、事実ではなくあくまでフィクションらしいが、ノンフィクション感満点のフィクションである。今日はそれについて簡単に。

ならずものになろう:【冗談】図書館をめぐる暴言


根強い「学校図書館=自習場所」という認識

「学校図書館=自習場所」という認識は、生徒だけでなく教員の間でもけっこう根深い。「図書館は静かに勉強する場所だ!」は、「大切な本を捨てるなんてけしからん!」とならんで、「学校図書館に興味も知識もない教師が言いそうなセリフ」の一つ。

学校図書館法ではどうなっている?

しかしながら、当然、学校図書館法のどこにも「学校図書館=自習場所」を正当化する根拠はない。

学校図書館法

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S28/S28HO185.html

学校図書館法第2条によれば、学校図書館とは、

図書、視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、整理し、及び保存し、これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによつて、学校の教育課程の展開に寄与するとともに、児童又は生徒の健全な教養を育成することを目的として設けられる学校の設備

であり、図書館資料を用いない利用はそもそも目的外使用である。また、第4条には具体的な活動例が示されており、

一  図書館資料を収集し、児童又は生徒及び教員の利用に供すること。
二  図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
三  読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を行うこと。
四  図書館資料の利用その他学校図書館の利用に関し、児童又は生徒に対し指導を行うこと。
五  他の学校の学校図書館、図書館、博物館、公民館等と緊密に連絡し、及び協力すること。

と、意外にも幅広い分野されているのだけど(鑑賞会や映写会まで!)、そこにも自習利用という文言はない。つまり、学校図書館の自習利用はただの慣例であって、法的な根拠は一切ないということになる。

慣例を打ち破るのが難しい…

にもかかわらず、学校図書館=自習場所という慣習は根強い。全国屈指の進学校である灘中高の司書教諭・狩野ゆき氏も、『図書館界』(2011年11月)でそのような思い込みの根強さが、学校図書館本来の機能の足を引っ張っている点に言及している。

狩野ゆき「進学校図書館の役割」

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008761856

誤解を招かないよう補足すると、灘中高の図書館は本当に居心地の良さそうな、素晴らしい空間である。あそこは自習室利用だけでなく、色々な機能を持っている図書館だと思う。

自習室の現実にどう向き合うか

学校図書館=自習場所という「慣習」が定着したのは、幾つかの複合的な理由があるだろう。中でも、学校図書館を学校の教育活動のなかで位置づける司書教諭の配置が遅れ(義務化は2003年以降)、学校司書にいたっては2015年に努力義務となったばかり、という点は大きいのではないか。肝心の人的配備がこれでは、せっかく学校図書館が置かれても、学校がその機能を持て余し、自習室になっていくのもわかる話である。僕も現任校の図書館の歴史を調べたことがあるのだが、まさにそのパターンだった。

自習室として使われている現実があれば、そのニーズを決して無視できないのも事実である。自習室が別にあれば良いのだけど、無い物ねだりもできない。以前は図書館が完全に自習室だった僕の勤務校では、数年前に図書館を整備して以降、「読書エリア」「授業エリア」「自習エリア」と分けるようにしたのだけど、他に自習室があるわけではないので、自習ニーズは根強い。特に今月は、僕が図書館でリーディング・ワークショップをしていることが多いので、きっと迷惑に感じる生徒も少なからずいるだろう。図書館本来の機能を考えたら授業優先で当然だとは思う一方で、なかなかに心苦しいところではある。

とはいえ、冒頭のロカルノさんの事例のように、教師ですら「図書館は自習利用が優先」と思うのが普通の現状は、本当にどうにかしてほしいもの。学校図書館法をここぞという場面で使うべく、チャンスをうかがいつつニコニコ妥協と交渉を重ねるしかないんでしょうかねえ…。

この記事のシェアはこちらからどうぞ!