そもそもメリットは? 作文のピア・フィードバック (1)

先週、高校生の授業で小論文の下書きをお互いに読み合った。僕の授業では生徒に必ず作文を推敲してもらうし、そのために生徒同士でのフィードバック(ピア・フィードバック)をする。なぜわざわざ生徒同士でフィードバックをするのだろう。そして、どうするのが良いのだろう。これまでにも触れた話題ではあるけれど、あらためて生徒同士のピア・フィードバックについて論点を整理してみたい。

そもそもなぜ生徒同士で作文を推敲しあうのか?

2015.02.08

目次

どう違う?「教師によるフィードバック」と「ピア・フィードバック」

僕はもともと、「教師によるフィードバック」よりも「生徒同士のピア・フィードバック」を自分の授業の中心にしていて、これにはいくつかの理由がある。

第一に、教師によるフィードバックとして代表的な添削について、教師の添削は、教師が思っているほど有効ではなく、それが有効な条件は限られるということだ。そして、僕の勤務校(40人学級)はその条件を満たさないと僕は思っている。詳しくは下記の一連のエントリを参照してほしい。これはちょっと前に書いたものだが、今でも僕の立場は変わらない。

添削が効果的に機能する条件(5) まとめ

2014.11.01

また、教師によるフィードバックと生徒同士のピア・フィードバックのどちらが有効かという議論は、第二言語でのライティング研究も含めてそれなりに蓄積がある。研究によってピア・フィードバックの形態や評価の観点も異なるので鵜呑みにできないのだが、概ねの傾向としては、多くの研究が、生徒同士のフィードバックの有効性を主張しているし、教師のフィードバックと比べても同程度としているものも多い(Cho & MacArthur, 2010; Diab, 2010; Englert et al., 1991; Gielen et al., 2010; Graham & Perrin, 2007; Topping, 1998)。また、ピア・フィードバックや作文教育の系統的レビューでも、3つのうち2つまでが生徒同士のフィードバックが有効であることを支持している(Graham & Perrin, 2007; Graham & Sandmel, 2011; Van Gennip et al., 2009)。

効くツボが違う! ふたつのフィードバック

とはいえ、「生徒同士のフィードバックと教師のフィードバックのどちらが効果的か」という問いはあまり面白くないし、実用的でもない。それは実際のところ、生徒の学年・経験・数や、フィードバックを返却するまでの期間などの条件によるからである。僕だって生徒数が20名くらいなら教師によるフィードバックにとても乗り気になるし。

「どっちが良いか」よりも注目したいのは、生徒同士のフィードバックは教師のフィードバックと異なる点に効果をあげるようだ、という点である。いくつかの研究により、教師のフィードバックは文章そのものを改善する傾向が強いのに対して、生徒同士のフィードバックは、「書いた文章が自分のものだという意識(オーナーシップ)を強める」「真面目に取り組ませる」「読者の存在を意識する」など、書き手としての意識や態度に強く働きかける傾向が認められている(Diab, 2010; Tsui and Ng, 2000; Yang et al., 2006)。つまり、教師のフィードバックが目の前の文章を改善するのに効果的なのに対して、書き手としての態度の向上につながりやすいのが生徒同士のフィードバックだ、という傾向がある。これは、フィードバック全般についての研究から得られる示唆とも合致している(Gibbs & Simpson, 2004)。

こうしたことを考えると、仮に教師の添削が有効に機能する条件が整っていても、教師のフィードバックとは別に生徒同士のフィードバックを検討する価値はある。

生徒同士のフィードバックの課題

もちろん、生徒同士のフィードバックには課題もある。第一に、フィードバックができるようになるための「育成コスト」がかかるという問題だ。何らかの指導を受けていない生徒のフィードバックは、ネガティブなコメントかただの賞賛に終始する傾向がある(Beach & Friedrich, 2006)。だから、より効果的なピア・フィードバックを目指すのであれば、時間をかけて生徒を育成する必要がある。とはいえ、たとえ指導を受けたとしても、たとえば生徒が作文教育の経験を積んだ教師と同じようなフィードバックをできることを目指すのはとうてい現実的ではないだろう。

また、第二により大きな問題として、教師によるものであれ、生徒によるものであれ、フィードバックには「心理的な安全さ」(psychological safety)のある環境や、それに基づいた相互の信頼感が必要だ(Van Gennip et al., 2009)。これはグループメンバー間の感情や権力関係の問題と関わってくるので、ピア・フィードバックする時の大きな課題となる(Locke et al., 2011)。

こうした問題、特に後者の「安心な場づくり」はおそらく本質的に非常に大事な問題であるが、かといって一朝一夕にできる問題ではない。そういう場ができたと確信するまでピア・フィードバックの実施を待っていては、例えば僕のような教師は何もできなくなってしまう。

ちょっとの工夫で、よりましなピア・フィードバックは可能か?

では、育成コストをあまりかけずに、生徒同士のフィードバックを行うにはどうしたらいいのだろう。たとえば、フィードバックのやり方をちょっと工夫することで、現実的で「よりましな」ピア・フィードバックはできるだろうか。次回のエントリではそれについて書いてみたい。

次回のエントリ

どうやれば効果的?作文のピア・フィードバック(2)

2016.10.25

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