「書けない」時期をどう過ごす? 現時点の個人的対処法。

下記エントリで書いた「アイデアが降りてくる」ボーナス期間は一週間程度で終わり、再び「うー、書けない〜」とうだうだする時間がやってきた。長文を書く人にはきっとこういう時期がある人もいるんじゃないかと思うけど、書き手としての自分の成長のために、現時点での自分なりの対処法を記録しておこう。

Discovery Writingの真っ最中。先行研究の項目を執筆中。

2016.06.30

「書けない」時期の個人的な過ごし方

Literature Reviewはひとまず完成して先生に送り、今はMethodologyのうちのPhilosophical assumptionやtheoretical frameworkの部分を書いている。このうち特に前者が、哲学的な議論になれない僕には難しい。下記エントリでも書いた、自分の研究を成り立たせる哲学的前提を書かないといけないのです…。なかなか「これを書けば大丈夫」というのが見えてこないのだけど、この時期、こんな風に過ごしてる。

英語論文の「精読」課題。論文を一ヶ月かけて読みこんで初めてわかったこと。

2016.06.11

「書ける時」が来る準備をする期間と割り切る

まず心持ちとして、「来週くらいには書ける時が来るかな」と思って、今はその準備期間だと割り切っている。もちろん確信はないんだけど、「きっと来週には今やっていることが形になって、やるべきことがクリアに見えてくるだろう、という期待を抱いている。来ないと焦るだろうなあ…。

書けなくても、毎日書く

今はまだ何を書いてもそのままDissertationで使えるものにはならないと思うのだけど、それでも書いている。断片的でもなんでも。書く上でもっとも難しいのは、書き始めることなのだ。「もう少し資料が集まってから書こう」「書けそうな自信が出来てから書こう」と思っていると、その時は永遠にやってこない。だから、そこのハードルだけは常に超えようとしている。もちろんゼロから書くことはできないけど、ある程度資料が手元に集まったら、えいやっと書き始める。

読むために書く

当然、書くとすぐにつまづく。ただ、書く前と違うのは「どこでつまづいたか」がはっきりと分かることだ。それで、その部分についての文献を探して読み始める。論文を読んではそこで引用されている別の論文を見つけてまた読む。Dissertationを書くというよりも、今はまだ「読んで調べるためのきっかけとして書く」段階という気がする。

散歩する(気分転換する)

これは書けてる時期でも同じなんだけど、自分の手持ちの材料同士が結びついてアイデアになる瞬間って、図書館でパソコンの前にいるとき以外のことの方が多い。家から図書館に向かうまでの道とか、そういうところ。だから、時々リフレッシュに外を歩くのもいい。幸い、エクセター大学は緑が多くて歩くだけでとても気持ち良いし。

今は「仕込み」の時期。また書けるようになるかな?

書くことはいつも不透明だ。コントロールできないことがたくさんあるなと思う。でも、その「コントロールできないこと」を受け入れながら、「書けない」時期に、「書ける」時期がやってくるまでの準備をきちんとしておきたい。今はまだ先行きが不透明だけど、そうやって準備をしておけば、「書ける」時期が必ずやってきて、先が見えることを信じて。

皆さんは、「書けない」時に何をしていますか?どうやって「書ける」時が来るのを待っていますか?

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2 件のコメント

  • とにかくやってみる、動いてみるって大事ですね。動きすぎて、ちょっと止めようか、と思ったりすることもありますが、このエントリー読んで、まだまだ動きがたりないなあ、と反省です。

    • いやいや、動きすぎると疲れちゃいますから。毎日続けられる程度にやる(無理しない)というのがとても大事なんだと思います。