[読書]そのまま使えて教室を変える、良い意味でのノウハウ本。ダン・ロスティン、ルール・サンタナ「たった一つを変えるだけ クラスも教師も自立する『質問づくり』」

「クラスも教師も自立する『質問づくり』」という副題が付けられた、質問づくりについての本。「ライティング・ワークショップ」をはじめ、それと親和性の高い考え方の教育書を次々と翻訳している吉田新一郎さんの翻訳なのだけど、その中でもこれはどんな教科や校種の教員にもお勧めできる実用書だった。

そのまま使える、質問づくりの便利な実用書

読んでみて意外だった。これまで自分が読んだ中では、吉田さん翻訳の本でここまで「日本の教室でもそのまま使える」本って珍しいのではないだろうか、と思う。本当に、時間さえ確保すればそのまま丸ごと日本の教室でも再現できそうな質問づくりのやり方が、ステップごとにとても丁寧に書かれている。質問づくりのルールの紹介、質問の焦点の作り方、質問を書き換える練習、質問の優先順位をつける方法…こうした中で教師へのアドバイスなどもふんだんに書かれている。しかも、ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップなどと違って、日本の授業システムの中でも無理なくすんなりできそうな活動なのがいい。

まず、この実用性がこの本の大きな特徴だろう。この通りやれば、確かに生徒が自分で質問する力がつくのではないかという気になる。その意味で、良い意味で「ノウハウ本」である。

でも、一方で教員に「変化を求める」本

しかし面白いことに、それは教員にとって「簡単」ということを意味しない。というのも、一般的には僕たち教員は「自分が良い質問(発問)をすることで授業を組み立てる」というスタイルに慣れているから。たとえば、いくつか事前に用意した質問から生徒が考えるに価する質問を教室で問う。わからなければ例を示す。生徒の発言をつなぐ。良い発言は褒めて励まし、わかりにくくても考えるに価する発言があったら、それを翻訳して教室全体で共有する…。そういう授業が良い授業と思っていると、仮にこの本の主張に納得しても、最初はなかなか戸惑うと思う。正直に言うと現状の僕には難しいかもしれない。教員の意識に「変化すること」を求めている本なのだ。

特に面白いのは、この本で教師がやってはいけないこととして示されている「肯定的なフィードバックをしない」「生徒の質問を言い換えない」「例を示さない」という点だ。それをめぐる筆者の説明は、どれも興味深い。

私は、彼らの考えを引き出す形で授業をすることに慣れていました。
とくに発言をしない生徒たちには、励まして、たくさんの肯定的なフィードバックをしてきました。
でも、質問づくりをするときに重要となるポイントは、彼らがよい質問を出せたのかどうかについては一切心配することなく、自由に考えさせることです。
そこでアドバイスです。
生徒たちが質問を発表するときや振り返りのなかで発言したときは、教師の反応を中立的なものにすべきです。
ちょっと難しいことで、決して簡単ではありません。
でも、「よい質問です」「素晴らしい質問です」「とてもいいです」といった反応は控えてください。
たとえ、これまで発表したことのない生徒が本当に素晴らしい質問をしたとしても、そのような反応はしないでください。
なぜ、そんなときでも肯定的なフィードバックをしてはいけないのでしょうか? その理由は、ほかの生徒たちが、先生は自分にも同じことを言ってくれるのだろうかと気にしてしまうからです。(p243)

「私は大学も含めてすべての教育段階で教えたことがありますが、生徒たちの質問をいつも変更していたことを思い出します。『あなたが本当に質問したか ったのは……』とか 『あなたが質問 しようとしたのは……』と言 ってみたり、生徒の許可を得ずに 一つか二つかの言葉を変えたり、 完全にすり替えた質問を黒板に書き出していました」
自分のしていたことを思い出しながら彼女は、「実は、私は質問を改善していたのではありません。
私が尋ねてほしい質問に変更していたのです」ということに気付いたのです。
彼女だけでなく、多くの教師がそうすることがよいことなのだと教えられ、 一人の生徒が発した質問をクラス全員で考えるに値する質問に変更してしまっているのです。(p90)

私は、例を示さないように心掛けました。
明快な質問づくりのルールが、生徒たちにさまざまな角度からたくさんの質問をつくることを可能にします。
彼らは、私が見たこともないような発散思考に打ち込みます。
でも、私が例を出してしまうと、その時点で終わってしまいます。
そして、「ああ、それが、先生が求めていることね」と判断してしまいます。
彼らにとって、これが「学校ゲーム」というものです。
この点が、質問づくりを使いはじめるときに直面する課題の一つとなります。
(p238)

どれも納得。納得だけど、現時点でこれがごく自然にできる自信はないなあ。「良い質問(発問)をできるかどうかが教師の力量」という価値観を身につけている教員にとっては、上記の3つはいずれも大事なテクニックなのに、ここではそれをしてはいけないのだ

教室を変える可能性のある一冊

この本を貫く中心的考えを、吉田さんは「訳者まえがき」で簡単にまとめている。それは、

指導者ないし教師がよい質問をしているかぎりは、対象者はよい質問ができるようには決してならない。

ということだ。ううん、なるほど、と思う。モデルは示してもいいんじゃないかという思いもあるけれど、原著者たちのThe Right Question Instituteでの20年での研究と実践の積み重ねを背景にしての発言なので、まずは受け止める価値がある一言なのかもしれない。

The Right Question Institute

いずれにせよ、このような要素が授業の日常に組み込まれれば、確かに教室は変わるだろうと思う。それも、一人一人が問いを持つこと、考えること、民主主義を大切にする好ましい方向に。

なお、原題は「MAKE UST ONE CHANGE : Teach Students to Ask Their Own Questions」。この副題が翻訳では「クラスも教師も自立する質問づくり」。「教師も」なんですよ、ここで自立が求められているのは。これ、面白いでしょう?

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