[記事紹介]この「書けない子との接し方」がすごい

第1ターム(秋学期)の授業が終わり、今はレポート準備をする日々。読むのも書くのも異様に時間がかかってしまう僕なのだけど、今回は以前の経験(下記リンク)を踏まえて、「いつまでも読み続けない!」「資料が不十分でもまず書いてみる」作戦を実践中。亀の歩みだけど、水曜日までに書いた部分を勉強仲間と読み合うことにしてるから、まずはそこを目標に。

 

レポート作成で学んだ、「調べたことを書くのではなく、書いてから調べる」

2015.11.10
WW/RW便り:書けない子との接し方

と、書くことの大変さを体験してる時に、この記事を読んだ。ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップの情報を日本語で発信してるブログです。

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 ▷ 書けない子との接し方(WW/RW便り)
 
これ、いいなあ。すごい、と思った。単に「いい話」というのではなく、そこに至る技術の積み重ねがすごい。

この先生が使っている技術

ここで先生がしてるのは箇条書きにすると、こういうことだ。

・書記が苦手な子には代わってあげる
・その子の中の得意なことを生かす
・その子の好きなことで書いてもらう
・一対一の対応(カンファランス)をする
・間違いがあっても一度に全て指摘しない
・本物の読者(ここでは保護者)を用意する
・書く楽しさを実感できる機会を作る(ファンレター)
・書く必然性のある場を作る(ファンレターの返事)


どれもこれも、一つ一つはライティング・ワークショップの実践から推奨されている、この実践を知っている人ならいわば「当たり前のこと」である。でも、これをさらっとできてしまうのがプロフェッショナル。

「当たり前のこと」をやり続ける価値

もちろん、書くことの熟達はとても時間が掛かるし、一直線には進まないものだから、12月にこの子が次の作品を書けるかどうかはわからない。むしろ、今回でお腹いっぱいで、一息つきたいかもしれない。けれど、今回のことは確実に彼にとって前向きな「書く経験」になっただろうし、それを可能にした「当たり前」の積み重ねは、長期的に見てとても価値がある。

この記事を読んで改めて思ったけど、人が書き手としての自分を育てていくのに、多くのことはいらない。必要なのは、書きたいことと、個々にあったサポートと、読み手の存在。目新しい実践で課題で一時的な興味を惹くより、この先生のように大切な「当たり前」をきちんと貫く方が、ずっと大変で価値がある。

自分もこういう「当たり前のこと」をもっと自然に何度でも繰り返せるようになりたい、と思う。前よりも馴染んできたけど、自分はまだまだだから。

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4 件のコメント

  • ご紹介ありがとうございます。
    まさに誇大広告で、恐縮です。
    日々、理想と現実をいきつもどりつしていますが、とにかく、楽しく書けて、わずかでも成長できれば、ありがたいという感じです。
    また、実践の紹介をしていきたいと思います。

  • 「人が書き手としての自分を育てていくのに、多くのことはいらない。必要なのは、書きたいことと、個々にあったサポートと、読み手の存在。」という部分、本当にそうですね。自分の過去を振り返ると、生徒を動かすかということに躍起になって、あれこれと目新しい課題にとびついては、教室に持ち込もうとして、プリントもたくさん作って、それだけで疲労困憊していたなあ、と思います。WWに出会って、「多くのことはいらない」ということの意味を知り始めました。子どもたちに向き合って、何が書きたいの?というところからスタートする。そして冨田さんの言われるように「わずかずつでも成長」していく。そのことに喜びを感じる。そんな教師に私もなっていこうと思います。

  • 吉沢さん、「自分の過去を振り返ると、生徒を動かすかということに躍起になって、あれこれと目新しい課題にとびついては、教室に持ち込もうとして、プリントもたくさん作って、それだけで疲労困憊していたなあ」というところ、自分もまさにそうです。でも、人の成長は積み木ではないし、大切なことを精選して地道に繰り返していく方が、力になるんですよね。自分も帰国したらまた授業について考えていこうと思います。コメントありがとうございました。