学習指導要領「書くこと」を読む:理想に燃える第1期(1947-1951)

日本の教育の方針や指導内容を定めているのが文科省が告示・実施する「学習指導要領」だ。学習指導要領をもとに教科書が作られ、それをもとに授業をすることが多いのだから、直接ではなくても日本の教育に影響力を持つ存在である。

では、その学習指導要領の中で、作文教育(正式には「書くこと」の教育)はどのように定められているのだろうか。僕の所属である中高を対象に、1947年の終戦直後から現在に至るまでを、何回かのエントリに分けて見てみたい。

その際に手助けとして参照したいのが、下記エントリで触れた、書くことや作文教育をめぐる「語り方」の6類型だ。

「書くこと」についての語りをざっくり分類すると...

2015.08.09

もとの論文、Roz Ivanič の Discourses of Writing and Learning to Writeは英語圏の作文教育についての研究だが、とりあえずの目安としては使えるだろう。これに従って、学習指導要領の本文を①〜⑥のどの語り方が多いかという観点で読んでみた。

 ①A Skils Discourse(言語技術派)
 ②A Creativity Discourse(創作派)
 ③A Process Discourse(プロセス派)
 ④A Genre Discourse(ジャンル派)
 ⑤A Social Practice Discourse(社会的実践派)
 ⑥A Sociopolitical Discourse (社会政治的文脈派)

なお、学習指導要領の本文は、国立教育政策研究所の下記データベースを参照している。誤字もないわけではないが、大変有用なデータベース。感謝感謝。

 ▷ 学習指導要領データベースインデックス

第一期として、1947〜1951年をまずは選んでみた。概ね、現在の年齢で70歳代の方が習った学習指導要領である。この時期の学習指導要領は、正確には「学習指導要領(試案)」とされているもの。あくまで提案的な位置づけで拘束力を持っていない。

 ▷学習指導要領国語科編(試案) 1947年
 ▷中学校・高等学校学習指導要領国語科編(試案)改訂版 1951年

興味のある方は上記リンク先から学習指導要領全文を読んでいただきたい。

さて、作文教育に限ってひとことで言うと、この時期の学習指導要領は「⑤実用文と②創作の両方をともに重視した」指導要領。(丸数字はIvanič の論文におけるジャンル番号)


(1)1947(S22)年告示、1947(S22)年実施【校種:小学校&中学校】
(習った世代 中学:78〜81歳)

 ▷ 学習指導要領国語科編(試案)「第二章小学校一、二、三学年の国語科学習指導 第二節作文」

 ▷ 同「第三章小学校四、五、六学年の国語科学習指導 第二節作文」
 ▷ 同「第四章中学校国語科学習指導 第三節作文」

特徴:小学校と合同の学習指導要領で、この時は「書くこと」ではなく「作文」だった。内容的には、(ライティング・ワークショップに関心があり②③を重視する僕の目からは)大変先進的で、内容的に優れた学習指導要領。子どもの発展段階の分析や、それに応じた望ましい指導が詳細に具体的に書かれているのが圧巻。中学では③プロセス別の観点にも言及されており、小・中ともに⑤実用文重視の意識が強いが、②創作(文学的作文)についてもその重要性などが記述されている。ただ、重視とは言ってもそれはそれ以降と比較しての話で、たとえば中学校の学習指導要領に

中学校の作文学習指導要領は、従来のように、詩や文学の創作が主として行われるものではない。もっと実際的な日常経験したことや、観察したこと、思ったこと、感じたことなどを表現しうるようにしなければならない。


とあることを踏まえると、 当事者としては従来路線よりも創作を後退させ、実用文を重視した学習指導要領だったのだろう。

(2)1951(S26)年告示、1951(S26)年実施【校種:中学&高校】
(習った世代 中学:68歳〜77歳、高校:74歳〜79歳)

この年は中学・高校で合同の学習指導要領改訂だった。

 ▷ 中学校学習指導要領国語科編(試案)「四 書くこと」 



特徴:「作文」から「書くこと」になる。1947年のものと比べるとかなり簡素化されており、特に子どもの実態についての記述がない。全体として、②創作も大事だが、まずは相手に明瞭に伝わる⑤実用文のほうがいっそう重要という立場。⑤読む相手や目的を意識して書くことと同時に、個性の伸長のためにも②創作をする喜びを味わわせることにも重点がある。

 ▷ 高等学校学習指導要領国語科編(試案) 「四 書くこと」

特徴:こちらも中学に引き続いて⑤実用文の指導に重点を置きつつも、②創作、自己表現としての作文も同様に重視している。創作活動が「欠くことのできない尊い経験」「生きる喜び」などと意味づけられているのは、この時期までの大きな特徴だ。

1947年の(1)に比べると1951年(2)でだいぶ後退(←僕の立場からの判断)している感はあるが、この時期は全体として理想に燃えた学習指導要領である。特に1947年のものは、学習者中心主義的で、②創作と⑤社会的な場がともに重視されていて、かつ1947年中学では③プロセスに沿った指導が明記されている。これは、戦前の日本の作文教育の蓄積の豊かさを物語るものでもあっただろう。個人的には、もう改訂しないで戦後ずっとこのままでいけばよかったんじゃないかと思う(笑)。

この時期の学習指導要領は強制力がない「試案」だったので、思い切ったことが色々と書けたのかもしれない。

それにしても終戦直後は、学習指導要領上は「熱い」時代だ。1951年小学校の学習指導要領国語科編には、冒頭にこんな文言もあって、不覚にも「カッコイイ!」と笑ってしまった。

学校における教育課程がどのように移り変ることがあっても、国語の学習と指導をゆるがせにしてよいような時代は永遠にこない。これは、国語は、樹木における樹液であり、人間における血液であるからである。


 ▷ 昭和26(1951)年小学校学習指導要領国語科編(試案)

そんなこんなで熱くって人間味のある?戦後の学習指導要領。これがどう変化していったのかをこれから見ていこう。 

(続き)

学習指導要領「書くこと」を読む:系統性重視の第2期(1956-1970)

2015.08.14

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